祈り、染め、植物

SNSで投稿して今までで一番シェア数が多かった記事がこちら。2014年のものですがこちらに転載させていただきますね。(一部編集)

 


蓮の糸というのも、あるんですね。
ヘンプの衣料に関わりはじめて、普通にそこには「草木染め」がありました。自然な色合いで綺麗なんですね。

昨日たまたま、テレビでみたNHK「日曜美術館」。もう番組の終わりに近かったのですが、その映像に引き込まれました。
草木染めをしていたからです。それも、蓮の糸。

染めているのは染織家の志村ふくみさん(89歳=当時)という方。語っていることが心に響きました。

『結局は植物をある程度敬ってその植物から色を頂くっていう。
そうすると植物に対して自分たちはどういう向き合い方をしたらいいかといえば植物が喜んでくれるいい色を出して喜んでくれる。
それが「復活」かなって思うんですよね。
だから古代は植物染料とも言わないですよね。
こういう草木で染めるのを祈りの染めだって言ってるんですよね。
なぜそんな事言うかというとみんなこれ薬草なんですよね。
薬草で染めてそれで着るとかそれを身にまとう事によって悪から病気とか疫病とかいろんな事から身を守る。
そういうために染めてたらしいの。
だから祈りながら染めた。
祈りは最高の科学であるって書いてあるんですよ。
すごいなと思って私。
祈る気持ちがなくて植物染料をこうやって扱ってはいけないって事でしょうね。
そういう事忘れてますよね今の現代人はとっても。』
(文は、「Mediacrit」さんからいただきました)

縁あって手元にある、藍染めのヘンプ糸。
植物の命の糸だとは思っていましたが、もっと、大切に扱おうと思いました。

掃除と祓いの関係

2年前からトイレの掃除をしています(ほぼ毎日、ちなみに自宅のではありません)。

トイレ掃除の効能というか、良さはさまざまな方が言われていますね。

 

古神道では祓いが重要視されていて、「神道は祓い」といわれているのは前にもご紹介しました。

特に教わったわけではありませんが、掃除は簡単な祓いだと思います。

共通点は、するとすっきりする。気持ちがいい。

 

日本人のきれい好きというのは日本の文化とともに昔からずっと続いていることのように感じます。

これは日本人の価値観がきれい、きたないに基づいているのとも共通するからです。

ある文献によると、掃除の効能は、

周りがきれいになっていくと同時に、心の周りがきれいになっていくこと。(すなわち浄化される)

精麻のついた祓串。
精麻のついた祓串。お掃除といえばわかります?

 

「掃除を徹底すれば業績が上がる」というのもあるようですが、、

祓いは神に通じるものと思います。

掃除も神に通じるものと思います。

やってみてください。した人(続けた人)だけがわかります。(^^)

 

純国産の大麻と絹の織物が教えてくれたもの

杼と織り途中の布

2012年の夏から2013年の末まで大麻と絹の織物を販売させていただいていました。

糸づくりもその方ご自身がされ、経糸の絹は愛媛県産の晩秋繭「あけぼの」を手びき。

緯糸の大麻は栃木県産の大麻(野州麻)を手績み。

丹念に心を込めて織り上げられていて、清らかで繊細なハリとツヤのある布だったことを思い出します。

高野さんによる手績み大麻糸
手績み大麻糸(緯糸)

この方は多摩美術大学芸術学科映像学部卒業後、23歳のとき、写真を撮るために移住した沖縄県与那国島で機織りの仕事に出会いました。

そこで、島の伝統工芸品に指定されている「与那国花織り」の技法を学び、織り子(※)になったそうです。

その後、愛媛県西予市野村町で国産繭(まゆ)からの「座繰り糸ひき」の技術を習得。

さらに、大麻の歴史に興味をもち、大麻の布を自らの手にとって感じてみたくなり、麻績みの技術を習得されました。

(※)織り子=機織りをする人。沖縄県与那国島の織物の歴史は古く、おおよそ500年。与那国町伝統工芸館では、織り子の養成により与那国織の伝統を継承するための養成活動が行われている。

 

さらにお聞きすると、麻績みは与那国島のお婆さんから習ったそう。

そして、今の「よりひめ(R)」(麻糸産み後継者養成講座)の活動が始まる前に大麻博物館(栃木県)の高安淳一さんからも麻績みを教わったそうですが、それは与那国島で教わったのとは少し違うとのこと。

大麻と絹の織物
大麻と絹の織物(左側は緯糸に藍染め大麻糸がランダムに入ったもの)

日本各地には地域によって育まれた方法、昔から代々受け継がれてきたものがあるのだと思います。

それを後世に受け継げるようにしたいですね!(間に合ううちに)

手間をかけた時間と、作り手の想いが感じられる命のかたまりのような上品で美しい布でした。

神様への日々のお供えについて

なぜ神棚をお祀りする?神棚の真の意味の記事に続いて、神様への日々毎朝のお供えについてです。

毎日のお供物(神饌)のことを「日供(にっく)」といいます。お日供とも。最初聞いたとき、「おにく」に聞こえた(お肉?)ので何のことかと思いました。(^^;)

米、塩、水が必要です。米と塩はお皿に盛り、水はその日の初水を水玉という器(水器)に入れお供えします(正式にはふたを取りお供えします)。

これらは、日々いのちを支える食生活のなかで、最も大切なものとして、天地(あめつち)のめぐみに感謝してお供えするものです。

供え方は白木の三方または白木のお膳にお供えします。※正式な三方はヒノキでつくられ、正方形で四方に縁を付けた角盆(折敷)を前と左右の三方をくり抜いた台に取り付けたもの。三方は穴をくり抜いていない面が神棚の方に向くように供えます。また上の折敷と下の台が離れるものは折敷のとじ目がある方が手前になります。

神饌は供えた後に神様のお下がりとしていただくことで神徳にあやかります。

 

毎朝お供えをしてご神前に向かい、感謝して1日をはじめませんか?

はじめはそんな時間ないと思っていましたが、しはじめると何となく心が豊かになった感じがし気持ちがいいのです。

日常生活の中で心を整える時間、、

それは人によって異なると思いますが、散歩だったり裁縫だったり掃除だったりするかもしれません。私にとってはお日供になっています。

 

 

参考文献:

・「みそぎ13号」(伯家神道)

見えるものと見えないものをつなぐ

令和2本目。見えないもの、、霊の話をしようとしているのではありません。

伯家神道・十種神宝御法の修行座には食べること、食事も含まれています。

どうやって食べるか。

・食前感謝のことば

たなつもの(食物)百々(もも)の木草も天照らす日の太神(おおかみ)の恵み得てこそ

・食後感謝のことば

天地(あめつち)の神の恵みを見に受けて満ちたる生命(いのち)うけひ励まん

天地の恩、社会の恩、親・先祖の恩。いただく時このことを思いながらご飯をまず三口かみしめるのです。教わってすごくいいことだと思い、それからこの「三口かみしめる」のを毎食事時にしています。このおかげで一粒の米、一滴の汁まで尊いと思えるようになりました。

天地の恩は、天体の運行、太陽、月、雨、風、雪、花、山、川、草、木、大地、海など自然の営み、神々に対する恩。自然の恵みがなければ、ということです。

社会の恩は、あまたの人々の働きに対する恩。米にしても農作業した人、運んだ人、売った人など自分の口に入るまでにさまざまな人の働きがあるわけです。

親・先祖の恩は、自分という存在には親がいて、親にはまたその親がいて、その親にはまた親がいてという命の連鎖に対する恩です。10代さかのぼると、、

食事の前にいただきます、終わったら、ごちそうさまと言う人がいます。

(前略)もう1つ、日本が世界から尊ばれているのは神道が国家精神の背景にあるということです。日本には「八百万の神」という言葉がありますね。山や川にも神さまが宿るという考え方はとても神聖で神秘的です。日本人は世界で一番自然に近い民族だと私は思います。
食べ物に関してもそうですね。「もったいない」「いただきます」の心は、食べ物の命に対する敬いの気持ちです。食堂などで見ていても、日本人の多くは1人で食事をするときでもいただきますと言います。中には胸の前で両手を合わせる人もいます。そして食べ終わると「ごちそうさま」と言う。
日本以外の民族ではそういうことはありません。店員に「サンキュー、グラッチェ」を言う人はいますが、敬虔なクリスチャンでなければ黙って食事を始めて黙って終えていきます。(後略)(「地方再生のレシピ」マンリオ・カデロさんの言葉より)

3.11の震災の後、「絆」という言葉がしきりに言われました。絆は目には見えません。

それと同じように天地の恩、社会の恩、親・先祖の恩は目には見えません。感じるものです。

日本人は昔から目に見えるものはもちろん、目に見えないものを大事にして生きてきたんだろうと思います。

すべてつながっています。

本当に見えないものの話は機会ありましたらまた。(^_-)

 

 

・参考文献

「地方再生のレシピ」奥田政行著(共同通信社)

「まけるが勝ち」は本当か?

令和元年初日です。

新元号の「令和」が発表される10日くらい前のこと。私は中西進さんの著書「日本人の忘れもの」を手に取っていました。

以前、伯家神道・十種神宝御法の修行座で聴聞の際、中西さんのこの著書が紹介されていて名前と本のタイトルをメモしていたのですが、3年前ほど前、そのメモを再び見て、ちょっと読んでみようとはじめてこの本を手にしたんです。

パラパラッとページをめくっていくと本の最初の方に「まけるが勝ち」とあります。その時そうかもしれないとハッとし、ちょうど競争とも言える状況(争う気は一切なかったのに)に巻き込まれそうになっていた時だったので素直に負けてみることにしました。割とあっさりです。

その時はわかりませんでしたが、その選択が正しかったことが時を経るほどにわかってきた感じがしています。第一他者と争おうとしない、争わないのでカッカッすることはありません(しかし切磋琢磨していくことは変わらないです)。

 

ビジネスやスポーツなどでは勝つこと、1番になることが一般に重要視されます。

例えば、バドミントン。ラケットを使ってシャトルを打ち、競技においては相手コート内のシャトルが打ち返せないところに打つのがいいとされます。あるいは相手のミスを喜ぶこともあって、ストレート勝ちする。逆転勝ちする。それがたたえられますよね。

日本には羽根つきという遊びがあるのをご存じですか?お正月に羽子板で羽根をつき合う遊びです。いまは見かけることは少なくなっています。

羽根つきの道具
羽根つきの道具、羽子板と羽根

こちらはバドミントンと違い、「いかに2人で長くつけるか」で競争ではありません。協力するという感じ。また、バドミントンはコートの広さなどお互いの条件が平等であるに対し、羽根つきはコートなどないです。

 

羽根つきの例を挙げるまでもなく、2人でせんべいの両端を持って割ると多く取ろうと思った力が強い方が小さくなること、3.11の震災以降でしょうか年々、スポーツで以前主流だった“根性論”が薄れてきていたり、競合関係にあった会社同士が資本・業務提携するケースが多くなったりしている例が増えています。

これらはまけるが勝ちの例と思います。

「日本人の忘れもの」の中には、まけるが勝ちの他、人間を尊重する心ゆたかな社会をつくってゆくために私たちが心がけるべきことは何かが書かれています。

「令和」の元号が発表されて数日後、考案者が中西進さんではないかと報道がありました。そんなこと何も知らず「日本人の忘れもの」を手にしたのは何かあると感じます(まったく関係ないはずの他のところでも中西さんの名を拝見していたのです)。

中西さんはご存じの通り元号「令和」の典拠とした万葉集の研究で第一人者。

令和の意味は英語ではBeautiful Harmony(=美しい調和)だとのこと、令和の時代が上のような日本の文化が大切にされる世になっていくといいと思います。

無私の心で「手仕事革命」へ

今までいろいろなもの作りに携わっている方、職人、作家に会い、できることなら作業場へ足を運んで見せていただきました。

布(織物)、麻縄、勾玉、木工(建具)、染色、藍染め、陶磁器、吹きガラス、張り子、、

どの方もそれが好きというのが伝わってきます。夢中になれるものがあるというのはいいといつも思います。^^

工房織座(愛媛県今治市)
工房織座(愛媛県今治市)武田正利さん(布)

倉敷ガラスの小谷眞三さんはお会いしたことはありませんが、倉敷民藝館の初代館長であった外村吉之助さんが説いた「健康で、無駄がなく、真面目で、いばらない」、この言葉に忠実にと思いをはせ(それでも叱られたそう)、いまもそれは息子の栄次さんへ受け継がれています。

 

前に書いた美の基準にも共通しますが、ものを見ればそれがどういう風な心で作っているかわかる気がします。

個性を表現することばかり意識して作られたもの、利益ばかりを優先して作られたもの、大量生産を優先して作られたもの、、(そこには使い手の立場に立つという誠実さは感じられません)

伊予木工(愛媛県西条市)
伊予木工(愛媛県西条市)伊藤信之さん(建具、木工芸)

「無になると上から降りてくる」って言いますよね(言いませんか?)。それと同じことが手仕事におけるもの作りでも言えると思います。

(無になって)湧き出るように生まれたものは必然的に「無私の美」が宿るように思うのです。

「ほんとうの瞑想は、手を使って働くことです」という人もいらっしゃいます。

株式会社山川(京都府京都市)
株式会社山川(京都府京都市)山川正彦さん(麻縄)

また、神は細部に宿るとも言います。これもそうだと思います。見えるところだけでなく見えないところも大切にする心を感じることもありました。

そして、値段が安くても高くても同じグレードのものを作る。(安いからといって手を抜いたりしていない)

天の川工房(高知県高岡郡)
天の川工房(高知県高岡郡)宮崎朝子さん(布)

さぬきいんべでは無私の心でできたもの、使って喜ばれるもの、そういったものを扱いたいと思っています。平成はもう終わりですから、令和の「手仕事革命」を起こしたいですね!

(前略)物作り達は幸いなことに自然の材料という精霊が宿る世界を友として駆使し作業しているわけです。日夜精霊たちと会話ができるではないですか、彼らが悲しまないように仕事しなきゃならないと思いますよね。そういうことが満ちているから作るのがたのしいのでしょう。(後略)(「民藝2019年2月号」特集 平成三十年度日本民藝館展 審査委員 佐藤仟朗講評より)

 

四国唯一の民藝館、愛媛民芸館(愛媛県西条市)1階において下記のイベントをおこないます。

「民藝館1day meets!」

七Coffee Roaster×にじとまめ×jam room store 3店舗による1日限りのポップアップストア

開催日時:2019年6月23日(日)10~16時

場所:愛媛民芸館内1F

・七Coffee Roaster・・・テイクアウトカップにてドリップコーヒー販売

・にじとまめ・・・地域の食材を使用した天然酵母パン販売

・jam room store・・・久留米絣を使用したMONPEなど展示販売

当日は砥部焼、ひろき窯(多川ひろきさん、平成28年度および30年度日本民藝館展入選)の作品の展示即売会期間中であるのと、周桑和紙の杉野陽子さんによる和紙教室も予定しています。

愛媛民芸館 1day meets!イベント(2019.6.23)フライヤー

 

 

参考文献:

「SILTA38号」(手仕事フォーラム)

「山陽民藝275号」(岡山県民藝協会)

「NHK趣味どきっ!私の好きな民藝」(NHK出版)

香りによって邪気をはらう、日本の文化

私たちは日々の生活の中で気づかぬところで運命や健康をむしばみ、諸々の災厄をも招いていきます。

人々が知らず知らずのうちに犯し、積み重ねた罪けがれの一切をはらい清めていただく大祓(おおはらい)という神事が1年に2回、6月と12月に夏越し・年越しを恒例として昔から執り行われてきました。

大祓の人形(ひとがた)は郵送で受け付けてもらえるところもある
大祓の人形(ひとがた)は郵送で受け付けてもらえるところもある

 

さて、日本には季節の変化があって、その変わり目に元気を失うと人々は考えてきました。変化に合わせて元気を自然からいただき、1年を無病息災に過ごすには、気が弱まるときに邪気をはらい、気を充実させなければなりません。

1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽の五節句の行事は、中国から渡来したものです。日本ではそれが七草がゆになり、桃の節句になり、菖蒲になり、菊の祝いになったりします。

しかし、節句には季節の変わり目にわざわざ厄払いをして元気を取り戻すという、決してめでたいばかりの日ではなくその背景に厄払いの意識があるようです。

3月3日の節句は、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、けがれをわが身になり変わって背負ってくれる人形(ひとがた)を作り、けがれといっしょに川に流してしまおうというのが雛人形のはじまりだそうです(いわゆる流し雛)。江戸時代から立派な段飾りの雛人形が生まれ女の子の祭りになりました。

また、日本人にとっての香りの文化は、西洋の香水のように人をひきつける香りばかりでなく、香りに災いをはらう役割を担わせています。

桃の節句には草餅を食べますね。草餅のヨモギの強烈な香りに邪気をはらう力があります。同じく、端午の節句には菖蒲の香り(菖蒲湯)、重陽の節句には菊の香り(着せ綿、菊酒)、〔冬至は五節句ではありませんが柚の香り(柚子湯)も同じ原理〕、節分にはイワシのにおいと、香りでもって邪気をはらうのです。

日本の神話の中に菓子の起源が語られています。

第十一代垂仁天皇の命により田道間守(たじまのもり)は常世国へ不老不死の薬を求めて旅立ちます。やがて非時香菓(ときじくのかくのみ)を得て帰りますが、すでに天皇は崩御されていました。

田道間守は非時香菓を植え、嘆きのあまり御陵(みささぎ)の前で命を絶ちました。植えた実はやがて成長し橘(たちばな)になったといいます。この橘の実が菓子の起源とされます。

田道間守の神話は和菓子の性格をよく示しています。1つは和菓子は単なる甘みではなく、不老不死の願いの表現であること、第2は和菓子の原型が果物(水菓子)であること。

元禄時代に砂糖が次第に普及し、このころから甘党、辛党の区別が生まれますが、それ以前は自然の中で手に入る甘みといえば果物がポピュラーだったようです。いずれにせよ、昔の人はやっぱり不老長寿というか、いのちを大切にしていたことがわかります。

京都など氷室(ひむろ)の節句でいただく白いういろうを三角に切って小豆あんを載せた和菓子、「水無月」もその小豆の赤い色や三角の形に魔よけの意味があるそうです。

一方、夏越祓は、夏の夕べ、人形(ひとがた)で心身をぬぐい清め、茅の輪をくぐって知らず知らずのうちに犯した罪けがれをはらって無病息災を願う神事です。

茅の輪くぐり
茅の輪くぐり(飯積神社の夏越祓)

神社の境内に露店が出てそれが楽しみだった子どものとき。人形(ひとがた)を神社前の川に流していた記憶があります。考えずにやっていたことが大事な日本の文化だったんですね。

 

「はらい」を日常の中に取り入れてみませんか。おお麻(ヘンプ)は神社のおはらいの道具に使われているのと、「神道ははらいである」「はらいは大切」と教わっているので書いてみました。

 

 

 

参考文献:

「楽苑72、73号」(SHUMEI PRESS)

「現代語古事記」竹田恒泰著(学研)

美の基準

「美しいということは、その分だけ神に近いということだ」

これは10年以上前に読んだ司馬遼太郎著「竜馬がゆく」の中の一文です。〔(一)「寅の大変」の章で出てきます〕

名言!と思ったことを思い出します。

私は20代のとき、ある方の「本物を見なさい。本物を見続けていたらだんだんわかってくる」という話を聞き、ホントかなと思いながらなるべく展覧会などへ行き、“本物”と思われるものを見たり聴いたりしてきました。

その頃は香川県に住んでいたので例えば金刀比羅宮(表書院、奥書院)、直島家プロジェクト、香川県立ミュージアム(円空展、創建1200年記念「空海誕生の地 善通寺」展、流政之展)、東儀秀樹コンサート、玉藻能公演、猪熊弦一郎現代美術館(各種特別展)、東山魁夷せとうち美術館(開館記念展他)、ジャーパンファンライブ、東京国立博物館(土偶展、阿修羅展)、「神代音絵巻~むすひ~」コンサートなど行きました。

最初はよくわかりませんでしたが、そのうちこれいいなとか、これ好きと思うものが出てきたように思います。そうすると、次コレ行きたいとかなってきて、、

それが何年かぶりにMIHO MUSEUM(滋賀県)を訪れた際、それが同館の20周年記念展(2017年)で、自分が本物と思って見てきたものが古美術とか古代美術といわれるものが多いことに気づいたんです。

僕は「美しいものは自然物に近い」とも思っています。

これは『美術手帖』2019年4月号、特集「100年後の民藝」の月森俊文氏(日本民藝館職員)と青柳龍太氏(現代美術家)の対談での青柳氏の言葉。

この対談で、現代のものより古いものの方がすごいという話が出ています。前から私もそうだと薄々思っていました。

焼き物でも、桃山より室町のほうが美しいし、室町は鎌倉に太刀打ちできない。古い時代のものほど優れている場合が多い。ある時代には醜いものが一切ない場面も見られます。でもそれは言葉では伝わらない。まず「上代の作はすごいなあ」と体験することが大切。(月森氏)

さらに月森氏は、上代の作物が美しい理由のひとつはつくった人間が我々より自然に近いからでしょうと指摘しています。

そうかもしれません。

彼らは風の匂いで天候を察知し、五感を超えた感覚や気配で危機を回避するような力を持っていたと思います。そういう人たちがつくり手だった。つくられたものを見ると、自然が人間を使って生ませた、と言いたいくらいです。(月森氏)

「形の素」赤木明登・内田鋼一・長谷川竹次郎著の3者の対談で赤木氏(輪島塗塗師)はこう語っています。

でも竹次郎さんの言うとおりで、形って連続性があると思います。そのDNAみたいなものがずっと繋がっていて、その流れの中に自分がいるということが重要。その道筋みたいなものが見えてくるのが、古いものを見ている上では大事なんじゃないかと思うのです。

ただ、こうしてぼくらが選んだものを改めて見てみると、生活工芸ではなく、呪術工芸と言えるかもしれないですね。祭祀や呪いのほうに向かっている(笑)。この20年くらい「生活工芸の時代」なんて言われて、鋼一ちゃんとぼくは、その代表格みたいに思われているけどね。おそらく2人ともにその場所にも違和感を抱えてきた。生活工芸と言われているものもそろそろ衰退期に入っているし。新しい何かがもう始まっているんだよ。

近年、民藝や伝統工芸が見直されてきているのも上記の指摘のように本質を求める“原点回帰”の流れで当然のことなのかもしれないです。

人によって美しいと思うものは違う。それはもちろんそうだと思います。今回は美の基準ということで思っていることをまとめてみました。

参考文献:

「竜馬がゆく」司馬遼太郎著(文春文庫)

「美術手帖」2019年4月号(美術出版社)

「形の素」赤木明登・内田鋼一・長谷川竹次郎著(美術出版社)

なぜ神棚をお祀りする?神棚の真の意味

神棚と精麻のしめ縄

伯家神道・十種神宝御法の修行座を何回か受け、数年経って、あるとき神職の方が私に言いました。「神棚を祀った方がいいよ」

神社へ行くと「お伊勢さまと氏神さま・鎮守さまのお神札をおまつりしましょう」(神宮司庁、神社本庁・全国神社総代会編)というお神礼のお祀りのしかたを書いた紙を見たことがあって、その知識を元に、真ん中に天照大御神(お神礼)、右に氏神神社、、ですよね?と聞くと、「そうそう」と。

日本の祭典は在来、神の古来、神の形式を取っていたのはご存じですか?後に仏教が入ってきましたが、その前までは神の形式でした。

家に神棚はありますか?なぜお祀りするんでしょうか?

 

その島に天降りまして、天の御柱を見立て八尋殿を見立てたまひき。

古事記の国生みにおいて、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の二神は、おのころ島の真ん中にまず「天の御柱を見立て」ます。

この御柱が暮らしの始まりの場の中心になります。この場の一番象徴的なのは神社、つまり鎮守の森です。

そして、神社の建築様式が家の建て方の思想的な基本。神社ではまず柱を象徴的に奉ります。これが伊勢神宮のご本殿の床下中央にある心の御柱です。また、いにしえの出雲大社は9本の柱で大きな社が立っています。一回り太い木を3本合わせて真ん中に心の御柱を立てる。心の御柱が中心となり、学者の推測では48メートルの高さが可能になるように工夫しました。

 

家の大黒柱という思想もそこにあります。大黒柱とは日本建築の中央部にあって家を支えている柱のこと。最近の家では見なくなっていますが他の柱より太いです。

写真は我が家の大黒柱です。

古民家の大黒柱
古民家の大黒柱

そこには先祖の魂(みたま)が宿ります。春夏秋冬、時間軸が人間として家として文化がつながっていく。自分が死んでも子どもがそれを永遠に受け継いでいきます。その根源は魂(みたま)です。魂(みたま)が働いていく。

暮らしの中で目に見えないいのちの根源の力、これを日本人は魂(みたま)と呼びます。いのちを大切にするということ、まず魂(みたま)を大切にすること。これが形ある世界では柱として表現されているのです。

人間として自分にとって大切なものはやはり、いのちではないでしょうか?

 

このように、暮らしのはじまりに柱を立て、この柱の立つ場が神社の姿になったのが、家にある神棚です。

神棚の真の意味は、天の御柱から出発をした天地自然の中に、自分が人間として健全に生きていくんだ、この天地自然のいのちの御柱から離れて生きていけないんだという目印、目標なのです。

おお麻(ヘンプ)と神棚のある生活
会社の神棚と精麻のしめ縄

 

おお麻(ヘンプ)と神棚のある生活
家庭の神棚と精麻のついた幣

 

改装した古民家の神棚と精麻のしめ縄
改装した古民家の神棚と精麻のしめ縄

その場にあったやり方でお祀りしませんか?(現代の暮らしにフィットした神棚もあります)

 

身を修め家を斉(ととの)えんと思う者は、まず、天照太神の徳を尊び、朝夕拝し奉るべし。(中略)朝夕怠りなく修め勤むるときには、必ず家斉い、身修まるべし。(『神道唯一問答書』)

 

 

参考文献

「みそぎ第十四号」(伯家神道)

「日本人の忘れもの1」中西進著(ウェッジ文庫)