大麻比古神社にならう、国産精麻がついた祓串にて祓う術

神主が祓いに用いる道具は「大麻(おおぬさ)」と呼ばれ、神事には必ず用いられます。

大麻は神道では罪や穢れを祓う神聖な植物とされてきました。

なぜ縄文~弥生期に使用されたか

「ものを縛る」「束ねる」「吊す」「土器に縄文をつける」「釣り糸にする」「弓の弦にする」「袋の口をしめるヒモにする」「鏡や首飾り、腰飾りなどの孔に通すヒモにする」「縄帯」「衣服の腰ヒモ」「縫い糸」「編み物の材料」「舟のもやい綱」「海人の命綱」「はえ縄」「墨縄」「結縄」など、大麻は縄文~弥生期に頻繁に使用されました。なぜか?

1.繊維が強靱であること。

2.種蒔きから約90日の短期間で人間の背以上に高くまっすぐ育ち、栽培しやすいこと。

3.大麻には神々と交信し、自然のメッセージを受けるシャーマンに必要な一定の覚醒作用があると思われていること、など。大麻そのものがもつ縄文時代以来の日本人の体験による不可思議な神聖さとその呪術性ゆえです。

私たちが知るところでは、しめ縄、御札、御幣、鈴緒、狩衣、祭りの山車の引き綱、上棟式などで使用されてきた大麻。現在、神社で大麻が最重要視されているのは「神が宿る神聖な繊維」とみなされているからです。

阿波国一宮・大麻比古神社の祓串

大麻(おおぬさ)は、白木の棒で作ったものは祓串(はらえぐし)とも言います。

徳島県の阿波国一宮・大麻比古神社では拝殿に向かって右側に祓串があります。(神社によってあるところ、ないところあり)

大麻比古神社の祓串
大麻比古神社の紙垂と精麻からなる祓串

説明書きがあって、「自己祓いの作法」とあります。

1.両手で祓串を持ちます。

2.唱詞を奏上しながら自身の肩の辺りを左・右・左の順序で祓います。

3.祓串を戻し、お賽銭を納めます。

4.二礼二拍手一礼の作法で拝礼します。

唱詞「祓(はら)へ給(たま)へ 清(きよ)め給(たま)へ 守(まも)り給(たま)へ 幸(さきは)へ給(たま)へ」

文字通り、祓い清めてお参りするんですね。

国産大麻(精麻)の祓串

この祓串は、大麻比古神社のように紙垂と精麻がついたもの、紙垂だけのもの、精麻だけのものがありますが、さぬきいんべでは国産極上精麻だけがついた祓串をご用意。

白木の棒に木曽ヒノキを用いた京都の伝統工芸の粋を集めた神具です。

国産大麻(精麻)・祓串
国産大麻(精麻)・祓串

なぜ祓う必要があるのでしょうか。それは清らかになること、神様に一歩二歩と近づくのを許されることを意味するのです。

随所に示された職人の心と技、国産精麻の黄金色、木曽ヒノキ(樹齢150年以上)の木目の細かさ、美しさ、香りなども併せてご観賞いただければ幸いです。罪穢れや病気、災厄などを祓い清める祓具として、朝夕の神拝(修祓)、自己祓いにお使いください。

 

 

参考文献:

「日本の建国と阿波忌部」林博章著

「大麻という農作物」大麻博物館著

「檜(ひのき)」有岡利幸著(法政大学出版局)

国産精麻しめ縄に牛蒡型が仲間入り!なぜしめ縄は左綯いなのか

国産大麻(精麻)・しめ縄【牛蒡型】

このたび、国産大麻(精麻)・しめ縄に牛蒡(ごぼう)型が仲間入りしました。

従来の取扱いは中央部が太くなった「大根型」、縄を丸めたわかざりだけでした。牛蒡型は一方がだんだん細くなる形状です。

しめ縄の種類

しめ縄の種類
種類 形状・用途
大根型 中央部が太くなったしめ縄。両端が細くなっている。
牛蒡型 しめ縄の一方が細くなってだんだん太くなっている。
わかざり 綯った縄を丸めたもの。水回りや勝手口に飾ることが多いが、汎用性が高いため屋内外のさまざまな場所に用いる。
国産大麻(精麻)・しめ縄【大根型】
大根型

国産大麻(精麻)・しめ縄【牛蒡型】

牛蒡型

国産大麻(精麻)・しめ縄【神居 和かざり】
わかざり

どれも国産精麻を材料に、神社仏閣用の麻製品を調製する京都の職人が綯った美しいしめ縄。明治19年創業の老舗、株式会社山川の製品です。

しめ縄の起源

日本におけるしめ縄の古語は「尻久米縄(しりくめなわ)」で、天照大御神が岩屋から出てきたさいに、布刀玉命(ふとだまのみこと)が入口に尻久米縄を張って、天照大御神が再び岩屋に戻ることのないようにしたと『古事記』の神話にみられます。

しめ縄は精麻、稲わら、マコモなど天然素材から作られます。

しめ縄を七五三縄と表記するのは、七五三という言葉が昔から縁起のよい数字とされていたからです。また、しめ縄のことを、ほかに一五三、棒縄、〆縄、締縄、標縄などとも表記します。

しめ縄はなぜ左綯いか

縄を綯(な)う方法には「右綯い」と「左綯い」があります。※繊維をより合わせることを綯うといいます。

昔は一般に、普段の生活で使用する日用品の縄は右綯い、神事に用いるしめ縄は左綯いとされました。しめ縄は神聖なものであるため、日常に使う縄とは区別する意図があったようです。

もともと日本では「左=聖、右=俗」とする考え方があります。伯家神道では右手を神様の手(左手)でしっかり握りおさえて印を組むこと(唯一の印といいます)や、神道祭式において祭祀を行う祭場(斎場)の上位下位が神座を最上位に正中・左(神座から見て)・右の順となること、拍手の作法は両手を合わせた後、右手をやや左手より引いて手を拍つことなど。

わがくには神のすゑなり神まつる昔のてぶりわするなよゆめ(明治天皇御製)

また精霊を迎える盆踊りが左回りであること、死者の着物を左前にすることはご存じと思います。能楽にも「左右」という型があり、まず左を祓って、次に右を祓うようです。

飾り方について

一般的に牛蒡型や大根型を飾るときは神棚に向かって右側にモト(太い方)がくるように取り付けます。

それは神様から見たときに向かって左にモトがくるようにするためです。

 

 

参考文献:

「神道祭式の基礎作法」沼部春友著(みそぎ文化会)
「決定版 知れば知るほど面白い!神道の本」三橋健著(西東社)
「しめ飾り」森須磨子著(工作舎)

追想。大麻比古神社の神麻しめ縄奉納式であったシンクロニシティ

祓川橋にて

回想。2017年10月28日、徳島・大麻比古神社で日本麻振興会(安間信裕幹事)主催の神麻しめ縄奉納式がおこなわれました。(詳しいレポートはこちらをご覧ください)

事前打合せなし、大鳥居の下で

午前8時に大鳥居前集合ということで待っていたところ、参加していた北村隆匡さん(麻福)から声がかかりました。「加藤さんいっしょに(先導車に)乗りませんか?」と。

北村さんが先導車(太鼓を後部に載せたトラック)の運転手の名乗りを上げていたので、私は「北村さんが1人でいけばいい」と言うと「1人では不安だ」とのことで、嫌だとも思わなかったのでいっしょに乗ることにしました。

ほどなく、祓串を手にした栃木県の大麻農家七代目・大森由久さんが先頭に、次に阿波忌部直系、三木家第28代当主・三木信夫さんが歩き、その後を北村さんと私を乗せた先導車、そしてしめ縄を担いで運ぶ方々の順で大鳥居を出発。

私は助手席で前を見ていました。

太鼓一家さんのたたく太鼓の音と、しめ縄を運ぶワッショイワッショイの声に、参道沿いの家の方が出てこられ見送っておられる姿をみて何とも言えない気持ちになったり、出発して5分ほどして雨がやんでいるのに気づいた大森さんが祓串にかけてあった防雨用のナイロンをはずすさまを見て「さすが」と思ったりしました。

祓川橋に差しかかり、貴重な瞬間なのと、橋の朱の色が映えていたのでしょう北村さんが前方の写真を撮っていたので私も撮りました。

祓川橋にて
祓川橋で先導車より前方。三木信夫さん(手前)すぐ向こうに大森由久さん。

橋を過ぎて、先導車は参集殿の西側の道を迂回して拝殿前(拝殿に向かって右側)に停車。

後続のしめ縄がその後、拝殿前に到着し、稲わら製のしめ縄から掛け替えがはじまったのはレポートにある通りです。

同じ数秘「11」のシンクロニシティ

この時はそんなに思わなかったのですが、数秘では北村さんと私は同じ「11」なのです(私は北村さんの生年月日は、前に商品の仕入れ先の会社から聞いて覚えていたので、この日の時点では同じ「11」であることを知っていたにも関わらずまったく意識していませんでした)。

「11」はご存じの人はわかると思いますが、マスターナンバーです。北村さんはそのことを知らずに私に声をかけたと思います。

霊感・ヤマ感・第六感 感性鋭いあなたは「神のメッセンジャー」

「11」は中国では大宇宙と小宇宙の結びつきを表し、西洋ではオカルト的意味づけの「受胎・創造」「革命・革新」の数とされる、特別な意味を持つ数字(マスターナンバー)です。「エンジェルナンバー11」のあなたは、個性的で常識の枠にはまらない「宇宙人」のような人。直感・ヒラメキ型の感覚人間のメッセンジャー。素晴らしい感性を持っていますが、使いこなすノウハウがないと、単なる「宝の持ち腐れ」になるので、ご用心。(引用元は不明)

この日、奉納した神麻しめ縄を調製したのは京都の株式会社山川ですが、2014年の9月、北村さんにこの山川を紹介したのは私。山川の5代目、山川正彦さんを京丹後で玉造りしている青舟さんからご紹介いただきました。(山川さんと青舟さんはあるイベントで初対面。その後、青舟さんから私を紹介する封書が届いたと、山川さんより直接電話いただきびっくりしたのを覚えています)

そして北村さんと会ったのはこの時で3回目。最初は、さぬきいんべ創業のきっかけとなった商品の仕入れ先の会社の紹介で北村さんを知り、初対面は2010年。この時四国に来られるとのことで目的地から足を伸ばして西条市まで来られ会食しました。

同じ「11」なのと、奇妙な縁を感じます。

他にも、さぬきいんべは創業後半年過ぎて一旦休止し、2011年6月に再開したのですが、この時北村さんからある共同事業の提案があり、計画を作成途中で話が頓挫したこともありました。

ちなみに同じ「11」でも、ダン・ミルマン著、徳間書店刊の「ソウルナビゲーション」によると、北村さんと私は誕生数はいっしょではありません。(※上側数がちがう)

つまり、細かいところではお互い役割がちがうということなのだろうと思います。

大鳥居
大麻比古神社の大鳥居(2017年2月4日同社正式参拝前に撮影)

“神様のプログラム”にはめこまれた?

 大麻比古神社で同年2月4日に今回の神麻しめ縄奉納に先立ち正式参拝した際に初対面であった幹事の安間さん(現NPO法人神麻注連縄奉納有志の会代表)、江藤富士江さん(麻光)、吉岡敏朗さん(映画監督)、、

他にも縁を感じさせる方がいらっしゃいます。皆、目的は似ていると思います。

お互いライバル?いえいえ、競争する時代は終わりを迎えています。私も負けさせないしあなたも負けさせない。自他不敗。これからはみんなが手を取りあって山を上がっていく時代ではないかと思うのです。

この日、台風の接近と降水確率100%の予報の中、要所で雨がやみしめ縄掛け替えが終わると太陽が顔をのぞかせた天候の奇瑞を思い出します。“神様のプログラム”にしっかりはめこまれているように感じるのは私だけでしょうか。

2019年11月には天皇即位にともなう大嘗祭が予定されています。また2020年は東京オリンピックの年であるとともに日本書紀が成立して1300年の節目です。

最後に、吉岡監督がまとめてくださった神麻しめ縄奉納神事のYouTube動画(12分弱)をご紹介しておきます。

 

精麻が使われている薩摩糸びなとの出会い

薩摩糸びな

愛媛民芸館で2月1日から3月31日まで「 雛祭り人形と天神飾り」が展示されています。

毎年恒例の展示ですが全国各地のお雛様(中には西条市内の方から寄付された大正期の雛壇飾りも)、天神飾りなど貴重なものが展示されている印象。

2階の展示をみていると、「これは精麻!?」。

目に留まったのは鹿児島県の薩摩糸びなという伝統工芸品。

昭和期に作られたものではないかと思われますが髪の部分が精麻でできています。(精麻=大麻の茎の皮を乾燥させたもので、精麻を裂いてできた繊維をより集めると麻糸になります)

薩摩糸びな
薩摩糸びな(※展示品は撮影可能です)

日本伝統文化振興機構のwebサイトによると、

《特徴》
「薩摩糸びな」の本体は、一本の割竹。顔がありません。麻糸が髪です。糸びなの名の由来は、ここからといわれています。

顔がなくても着物は豪華です。襟は重ねで、何枚もの色の調和がとてもきれいです。着物は幅広の紙にきらびやかな「垂れ絵」が描かれています。図柄は、静御前と忠信、浦島太郎と乙姫、翁と姥など関連した男女がペアになったもの。朱、緑、ときには金泥をふんだんに使ったまばゆい色彩は、とても華やかです。娘を飾ってやりたいという親の気持ちが伝わってきます。なんだか懐かしく、心温まるお雛さまです。

顔がないだけイメージが広がり、素朴なだけに絵柄の豪華さがひきたちます。色紙セットになっているものや、しおりとして使えるものなど、伝統を守り伝えつつ、現代に合う様々なものが作られています。

[ 鹿児島県指定伝統的工芸品 ]
提供 : 鹿児島県PR・観光戦略部かごしまPR課 様

この解説では、麻糸が髪となっていますが、愛媛民芸館のものは麻糸ではなく精麻です。

麻糸ないし精麻が使われているのは、麻はスクスクと真っすぐに伸びることから赤ちゃんの成長を願う意味をこめた麻の葉模様の産着と同じような意味合いなんでしょうね。

作り方については、こちら鹿児島市の仙巌園で薩摩糸びな作家の指導のもと手づくり教室が開かれているようです。