家庭や会社での祭祀の重要性について

家庭や会社で祭祀(神棚の祭祀-まつり-)をおこなうと、下記のような日常生活や仕事面で多くの効果が期待されると思います。

1.家庭や会社内でよい雰囲気が醸成される

毎日清々しく手を合わせることを繰り返すことによって、家庭や会社内に生活や仕事面の秩序ができあがります。また、子どもたち、社員も自然に礼儀作法を習得することができます。

2.家庭内、社内が平和になり、お互いの信頼関係が高まっていく

それぞれの家の祖先や他の偉大な神々を真剣に拝することで、私たちはささやかな存在であって、お互いの主張も自ずから無意味なものであると思えるようになってきます。家庭や社内において、神棚の前で皆が心を合わせるならば、その家庭や社内は円満、平和になります。

3.子どもや社員の信仰心を養い、育てることができる

一家の長、または会社の代表を中心に、家庭や社内で厳然とした神棚の信仰を持っているならば、子どもたちや社員はそれを目の当たりにし、必ずや自覚するものがあるはずです。

 

信仰は理屈で教えるよりも、実践の中から生まれてきます。

信仰から得られる信念は、他人から強制されるべきものではなく、親や会社の代表が自らの信念で信仰的実践生活をしていれば、その姿をうしろから見ている子どもたち、社員たちにも、自然に不動の信念(信仰・精神)が確立されていくと思います。

時代の転換点を迎え、経営者だけではなく個人でも、簡単ではない判断が求められる昨今。

神道信仰(神社信仰)、神棚の祭祀によって、家庭や会社内の絆がより太いものになりましたら幸いです。

 

毎年、国産大麻(精麻)のしめ縄をお求めいただく会社の代表者様から以下のような言葉をいただいております。

いつも丁寧な仕事をされており気持ち良く毎日清々しく手を合わせております。
また毎回しっかりと梱包されており安心しております。

 

神棚の祭祀の例(しめ縄は、牛蒡型1寸×2.5尺(紙垂付き))
神棚の祭祀の例(しめ縄は、牛蒡型1寸×2.5尺(紙垂付き))

 

 

 

・参考文献

「家庭の祭祀事典」西牟田崇生著(国書刊行会)

特集 祈りの経営 なぜ経営者は信仰心が強いのか(日経ビジネス電子版)

日本人の原点、祭りに込められた意味を知る

秋祭りの時期です。

小さいときから地元には西条まつり(愛媛県西条市内にある4つの神社、嘉母神社・石岡神社・伊曽乃神社・飯積神社の祭礼の総称)があり、身近に神様を感じてきました。西条まつりは、それぞれの神社が創祀してから祭祀はあったと思いますが、だんじり、みこし、太鼓台などが登場した江戸時代からつづく伝統的な祭りで、それらが町中を練り歩きます。

毎年、祭りの日は学校は休みとなり祭りへの参加が奨励されました(伊曽乃神社と飯積神社の祭礼がある校区でした)。それが社会人になり、県外に行くことで地元の祭りがいかに盛大かを知ることになりました。

いまは、地元に帰り、祭りに関しては子どものときとほぼ同じ気持ちで接していると思います。

祭祀というと、厳粛な宗教的な儀式を思い浮かべますが、お祭りというと、だんじりや太鼓台、太鼓や笛の音、勇ましい掛け声や人のにぎわいが頭に浮かびます。

ただ、子どものときは後者が「主」でしたが、古神道を学んだことで、いまは前者が「主」で後者が「従」、大事なものは見えざるものということがわかっています。そこが大きなちがいです。

 

日本の祭りは、農耕社会の共同体祭祀を基盤としています。

そのため毎年の収穫に感謝するために神様を迎え、供物を捧げ、祝詞をあげて謝意を表すとともに宴をひらいて歌舞などでもてなします。

一説に祭りの語源は「奉(たてまつ)る」とされていますが、そうだとすると、神様に供物を献上することが祭りであり、つまりは祭りは神様への感謝の行為そのものです。

神殿でおこなわれる厳粛な儀式も、たとえば山車や屋台の運行やその見物人、境内の露店でひしめく人たちも同じ祭りの構成要素で、聖俗ひっくるめて進行していくのが祭りだと思います。

西条まつりにおける神楽場での祭祀の様子(西条市の御殿前)
西条まつりにおける神楽場での祭祀の様子(西条市の御殿前)

 

日本の祭りには様々なものがありますが、神様に幸福を祈願する領域の大きさによって、下記の4つに分類できるのではないでしょうか。

・宮中祭祀・・・宮中でおこなわれる祭祀。天皇陛下が国家や国民の平安を祈る。即位にともなう大嘗祭のほか、神嘗祭や新嘗祭など。

・神宮祭祀・・・伊勢神宮でおこなわれる祭祀。皇室や国家の平安を祈る。平成25年には20年の一度の式年遷宮がおこなわれた。

・神社祭祀・・・全国の神社でおこなわれる祭祀。明治時代以降に大祭、中祭、小祭に区分され、年に一度の例大祭などがある。

・民間祭祀・・・各家庭や会社などで家内安全や繁栄を祈る祭祀。家庭内、社内の神棚や祖霊舎を中心におこなわれる。

一般に私たちが「お祭り」として慣れ親しんでいるのは、この中の神社祭祀でしょう。全国的に有名な京都の祇園祭や東京の神田祭、西条まつりのようなムラの鎮守様の秋祭りも神社祭祀に分類され、それらの祭りは地域の共同体(氏子)によって運営されます。

神社祭祀の区分

大祭

神社本庁によって定められた、もっとも重要な祭祀。
例祭、祈年祭、新嘗祭、式年祭、鎮座祭、遷座祭、合祀祭、分祀祭など
例祭・・・年に一度の代表的大祭。祭神や神社に由緒のある日におこなわれる
式年祭・・・神社で決められた数年に一度おこなわれる祭祀。例祭より大規模なものとなる

中祭 大祭に次ぐ規模をもつ祭祀。歳旦祭、元始祭、紀元祭、神嘗祭当日祭、明治祭、天長祭など
小祭 大祭・中祭以外の祭祀。神社の本殿のお扉の開閉をおこなわない
雑祭 神社祭祀以外の祭祀。人生儀礼にかかわる七五三や結婚式など

なお、祭祀に不可欠の麻は、この中の祭祀すべてで活用されています。それについてはここで述べませんが、祭りのもつ重要性が伝わりましたら幸いです。

 

 

・参考文献

「日本の神様と祭り」(洋泉社)

「神道いろは」神社本庁教学研究所監修(神社新報社)

国産精麻のしめ縄で清々しい2027年を!

本年も、来年用しめ縄のご注文を受付中です。

好評の美しいしめ縄(大根型、牛蒡型)、神居和かざり《きなり》のいずれも紙垂付き(紙垂をご自分でつけられる方は説明を作成しております。こちらを参考にしてください)は、しめ縄は1つひとつ縄目がちがいますが、職人がバランスをみて紙垂を取り付けさせていただきます。紙垂のないものもお選びいただけます。

ご要望により前垂れのない、紙垂付きのしめ縄も製作できます。

本年は、素材の精麻は野州麻(栃木県産)、もしくは伊勢麻(三重県産)を採用させていただきます。国内の麻農家さんの発展、国産の精麻のさらなる普及につながれば幸いです。

国産大麻(精麻)しめ縄【大根型】(紙垂付き)
国産大麻(精麻)しめ縄【大根型】(紙垂付き)
国産精麻・しめ縄【大根型】前垂れなし(紙垂付き)
国産精麻・しめ縄【大根型】前垂れなし(紙垂付き)
しめ縄の取り付け例(写真は、牛蒡型太さ6分×長さ1.5尺)
しめ縄の取り付け例(写真は、牛蒡型太さ6分×長さ1.5尺(紙垂付き))

その他、現代風のものをご希望の方には、神居和かざり、朱色版や藍染め、茜染め、ざくろ染め版もございます。

国産大麻(精麻)・しめ縄【神居 和かざり】(ざくろ染め版)
国産大麻(精麻)・しめ縄【神居 和かざり】(ざくろ染め版)

しめ縄【神居 和かざり】の取り付け例(写真は、きなり、紙垂付きAタイプ)
しめ縄【神居 和かざり】の取り付け例(写真は、きなり紙垂付きAタイプ)

ご注文の特典として、本体価格を「早割」、ならびに1886(明治19)年創業、神社仏閣用麻製品を調整しつづけている京都・山川製のオリジナル国産精麻叶結びアクセサリー《リボン風》藍染め、茜染め、ざくろ染め、藍+ざくろ染め&藍+茜染め版の5つの中からいずれかお1つをプレゼントさせていただきます。これまでの3色に加え、緑色(藍+ざくろ染め)、紫色(藍+茜染め)が加わっております。(精麻は極上国産、藍染め、草木染めは徳島でおこなっております)※染め(色)のご希望を承ります。ご注文時に「備考欄」へご記入する等お申し出ください。本特典は2027年年頭にお届け予定。(特典のプレゼントを何らかの理由で辞退される方も遠慮なくおっしゃってください)

※上記の特典付きは、恐れいりますが紙垂付きは期間延長、紙垂無しは10月31日ご注文までとさせていただきます。

京都・山川製オリジナル国産精麻アクセサリー《リボン風》
京都・山川製オリジナル国産精麻叶結びアクセサリー《リボン風》


新色の緑(藍+ざくろ染め)と、紫(藍+茜染め)版
新色の緑(藍+ざくろ染め)と、紫(藍+茜染め)版


12月中に発送予定です。日時指定も承ります。(自然のリズムを意識し冬至、または旧暦の新年に合わせるのもおすすめです)

また、こんなしめ縄はできませんか?というご要望も歓迎です。

 

オフィスのしめ縄設置例(写真は牛蒡型太さ8分×長さ2尺(紙垂付き))
オフィスのしめ縄設置例(写真は牛蒡型太さ8分×長さ2尺(紙垂付き))

 

オフィスのしめ縄例(写真は大根型、太さ1寸5分×長さ4尺、紙垂はご自分で取り付け)
オフィスのしめ縄設置例(写真は大根型太さ1寸5分×長さ4尺、紙垂はご自分で取り付け)

2027年用しめ縄のご注文専用ページ

※お電話、FAX、メールでのご注文も承っております。しめ縄をこのくらいの時期にという「仮注文」も受付させていただいております。なお、手仕事ゆえ製作できる数に限りがあるため、予告なくご注文受付を終了する場合がございます。ご了承ください。

毎年替えられる方、何年かに一度の方、そのまま長くお使いになる方、さまざまな方がいらっしゃいます。

ご注文誠にありがとうございます。

 

日本の文化として昔から大切につかわれてきた麻。国産大麻(精麻)のしめ縄で清々しい新年を迎えませんか。

神社やお寺で麻は「神聖なもの」、「穢れを祓う」、「神の依り代となる」などとされています。例えば、お供物を麻で結んだり、神職の方々の冠に麻を巻いたり、お祓いの際の道具(祓串)に麻が使われていたりと、現在でも様々なところで大変重用されています。
そういった理由から神社仏閣の鈴緒・鰐口紐や注連縄には麻が使われており、別の素材ではその意義や効果が失われてしまうのです。(明治19年創業 神社仏閣用麻製品調整株式会社山川パンフレットより)

 

『豊年だとか凶作だとかになるのは、みんな人間がそうするんです。日本中の人間が立派な心を持ち、農作物に対して感謝の気持ちで有り難くちょうだいし、物を粗末にせず、ずるい心を起こさず正しい行いをすれば、とても豊作になって到底食べきれない位出来ますよ。ところが今の人間はそれとは丸っきり反対の間違った了簡を持っていますからね。ですから不作になるんです。今言った事は絶対で、これは真理ですよ。いかなる天災でも天候の不順でもみんな人間が造るんですよ。』(御光話録 第十七号 昭和二十五年二月二十八日発行)

 

さぬきいんべでは、すべて切り火をしてお送りさせていただきます。

「火は日であり、さらに霊(ひ)であって誠に尊い霊妙(人間では計りしれませぬ不思議なこと)なものでございますと教わりました。」(元内掌典・髙谷朝子)

祭祀をおこなう祭場における上位と下位

祭祀をおこなう祭場(斎場)の上位と下位についてです。

神事等の際、参列することがあるのではないでしょうか。以下は基本ですので、参考になれば幸いです。

 

神座(神社などで、神体を安置する所)を中心にして、つまり、神座から見てが基準となります。(人が神前に向かってではないことに注意)

まず、神座の中心から、まっすぐ前に延長したところを正中(せいちゅう)といいます。

正中の幅は、およそ1メートル(3尺)ほどとします。

上位と下位については、神座が最上位であることは言うまでもありません。

次に原則として、上位より正中・左・右の順とします。さらに、神座の近くを上位とし、遠くを下位とします。

また、着席する場合には、上位より、左側・右側~の順とします。

 

なお、一般には部屋の入り口に近いところを下座とし、入り口から離れているほど上座とします。

和室の場合は、床の間の前を上座にすることは誰もが知るところですので、床の間と入り口の関係をよく見て、常識的に判断すればいいと思います。

精麻にもアタマとシッポがあるのと同じように、上位と下位の「順序」があることがおわかりいただけたでしょうか。

わがくには 神のすゑなり神まつる 昔のてぶり わすれるなよゆめ(明治天皇御製)

 

・参考文献

「神道祭式の基礎作法」沼部春友著(みそぎ文化会)

美をもたらす神様、宗像三女神

宗像大社(福岡県)の社伝によると、宗像三女神の三姉妹は田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)と表記されています。

田心姫神は玄界灘の孤島、沖ノ島・沖津宮(おきつみや)に、湍津姫神は大島・中津宮(なかつみや)に、市杵島姫神は宗像大社境内の辺津宮(へつみや)にそれぞれ祀られており、この三宮を総称して宗像大社と呼びます。

沖津宮が祀られている沖ノ島は、玄界灘のほぼ中央にある神の島です。古代から女性は島には渡れず、今もその風習を守り続けています。

「不言様(おいわずさま)」とも呼ばれ、島で見聞きしたことは一切口外してはいけないとされています。かつては、口に出すことさえもタブーとされていた時代もありました。草木、石、砂など島のものを島外に持ち出すことは厳禁とされています。

世界遺産にも登録され、「海の正倉院」とも称されるこの島からは、鏡、勾玉、金製の指輪など、たくさんの宝物が発見され、そのすべてが国宝に指定されています。

これらの宝物は、国の繁栄と海の交通を守るため、神様にお供えされたものです。

 

三姉妹の中でも、もっとも美人といわれた市杵島姫神は、神仏習合(日本古来の神と外国からきた仏を結びつけた信仰)によって、仏教の弁財天と同じ神様とされました。通称「弁天様」と呼ばれ、広く信仰されています。

これによって、美や健康、音楽、芸能の神様としても信仰されることになりました。

田心姫神は、のちに出雲神話の主神である大国主神(おおくにぬしのかみ)の妻になりました。

日本の八百万の神様の中でも、三姉妹はこの宗像三女神だけとされています。なお、上記の宗像大社や沖ノ島等は、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として2017年に世界文化遺産として登録されています。

 

 

・参考文献

「日本神話 神さま列伝」平藤喜久子著(NHK出版)

「史料にみる宗像三女神と沖ノ島傳説」宗像善樹著(右文書院)

麻の成長に子どもの成長を願う神紋、麻の葉紋

神社には本殿や拝殿の建物、あるいは神前幕や賽銭箱などに家紋のような紋章が描かれているのを目にします。

これを神社における「神紋」といいます。(神紋を設定していない神社もあります)

神紋の起源は明らかになっていませんが、鎌倉時代の日本の歴史書である『吾妻鏡(あづまかがみ)』の治承4(1180)年9月10日条に、甲斐国(山梨県)の武士だった武田信義が、諏訪大社上社本宮のあたりに宿泊したところ、梶の葉の文様の直垂を着して、葦毛の馬に乗った勇士の夢を見たとの逸話が書かれています。

この記録によって、当時すでに諏訪大社では梶紋を神紋として用いていたことが想像できます。

 

麻の葉紋(麻紋)は、その名前から植物の麻に由来したものと思われるかもしれませんが、もとは正六角形の幾何学的な星形の文様です。

連続文様として描かれたものの一部分が抜き出されてこのような紋になったと考えられています。

その形が植物の麻の葉に似ていることから、麻の葉紋と名付けられました。

麻の葉紋(例)
麻の葉紋(例)

麻は、春に発芽してその年に枯れる1年草です。その成長が早いことから子どもの健やかな成長を願う象徴として好まれていました。

江戸時代には、人気歌舞伎役者だった5代目・岩井半四郎が、八百屋お七で有名な『其往昔恋江戸染(そのむかしこいのえどぞめ)』という演目で、浅葱色に染められた麻の葉鹿の子の振り袖衣裳を着てお七の役を演じました。その姿から女性たちの間で麻の葉の文様が流行しました。

麻の葉紋の神社には、大麻比古神社(徳島県)、山崎忌部神社(徳島県)、青麻神社(宮城県)などがあります。この神紋は神様を表す紋でもありますのでご祭神やその土地の歴史などと関連があります。

 

 

・参考文献

「神紋でたどる神様と神社のお詣り図鑑」高澤等監修(二見書房)

奈良・天川村の古社、天河大弁財天社の国産精麻の鈴緒で鳴らす「五十鈴」

天河大弁財天社(天河神社)は、吉野国立公園山岳地帯の中央、大峰山系を源流とする天の川のほとりに鎮座します。

天武天皇のころに開山、日本三弁天の1つに数えられる古社です。

ご神殿の中央に取り付けられた「五十鈴(いすず)」は、天照大神(あまてらすおおかみ)がお隠れになった岩戸の前で天宇受売命(あめのうずめのみこと)が舞を舞う際に振った矛についたお鈴とされています。

その中央から6メートルあまりの七宝編みの網がついた国産精麻の鈴緒がつり下がっています。(鈴緒を持ち上げ、円を描くように回転させると「五十鈴」が美しく響き渡るそう)

「五十鈴」と、国産精麻の鈴緒
「五十鈴」と、国産精麻の鈴緒

 

天河大弁財天社といえば、龍村仁監督のドキュメンタリー映画、「地球交響曲 第八番」のはじめに紹介されていた同社で600年間眠り続けてきた能面「阿古父尉(あこぶじょう)」を復元させるお話を思い出す人も多いのではないでしょうか。

樹に宿る精霊と向き合いながら能面をよみがえらせていく過程や、代々受け継がれてきた自然をおそれ敬うご神事を通して日本人が古来、目に見えない大切なものと、どのように対話を重ねてきたかが描かれていました。

天皇に代わり伊勢神宮の祭祀に仕える「斎王」、豊鍬入姫命と倭姫命

伊勢神宮のご祭神である皇祖・天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、もとは大和朝廷の宮中に祀られていました。

日本書紀によると、第10代崇神天皇の御代、そのご神体は皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託され、皇居を出て倭・三輪山西麓の笠縫邑(かさぬいむら)に遷し祀られました。

つづく第11代垂仁天皇の御代には、ご神体は皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)に託され、よりふさわしい鎮座地を求めて諸国を遷幸した末、伊勢国の五十鈴川の川上に奉斎されました。

これが皇大神宮の創祀で、約2000年前のこととされます。

豊鍬入姫命、倭姫命は天照大御神の寄りかかる御杖代わりとの意味合いから「御杖代(みつえしろ)」と称されました。

古くは斎王を御杖代と称し、豊鍬入姫命はその初代、倭姫命は2代目ともみなされています。

ただし、御代代わりごとに未婚の女性皇族が選定され、伊勢神宮の祭祀に奉仕する斎官制度が整備されたのは、律令制が確立されていった飛鳥~奈良時代にかけてのことです。

実在を確認できる最初の斎王は、第40代天武天皇が即位した673年に就任した大来皇女(おおくひめみこ)です。

以後、斎王の制は約660年にわたってつづき、南北朝時代の第96代後醍醐天皇の御代の祥子(さちこ)内親王を最後に廃絶しました。

史上60人あまりの斎王が存在したと考えられています。

なお、斎王(さいおう/いつきのひめみこ)の名称が定着したのは9世紀ごろとされます。

 

額に木綿鬘をつけた斎王の姿(肖像等)をどこかで見たことがあるのではないでしょうか。

斎王は忌み籠もり、神に祈りを捧げる日々を送って、彼女たちは天皇と伊勢神宮との結び目として存在しました。

 

 

 

・参考文献

「皇室」令和8年春110号(公益財団法人 日本文化興隆財団)

「図解巫女」朱鷺田祐介著(新紀元社)

心身のケガレ、諸々の罪・過ちを祓い清める6月の夏越の祓と、12月の年越の祓

大祓(おおはらい)は、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、心身のケガレ、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的とする行事です。

起源は、ここで何度も触れていますが伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらい)で、宮中においても古くから大祓がおこなわれてきました。(宮中では、6月30日に大祓のお祓い式、12月31日に大祓の儀)

鎌倉~室町時代以降、各神社で年中行事の1つとして普及し、現在では多くの神社の恒例式となっています。

年に2度おこなわれ、6月の大祓を夏越(なごし)の祓といい、人形(ひとがた・人の形に切った紙)などを用いて、身についた半年間のケガレを祓い、無病息災を祈るため、茅の輪(ちのわ)をご神前に立てて、これをくぐります。

茅の輪の例(氏神神社にて)
茅の輪の例(氏神神社にて)

また、12月の大祓は年越の祓といい、清々しい気持ちで新たな年を迎えるために心身を祓い清めます。

それぞれの日時は神社によって異なりますのでご確認ください。(例:氏神神社では夏越の祓は毎年旧暦6月16日におこなわれます)

水無月の 夏越しの祓ひ する人は 千歳のいのち 延ぶといふなり

 

 

・参考文献

「神道いろは」神社本庁教学研究所監修(神社新報社)

「皇室の祭祀と生きて」髙谷朝子著(河出書房新社)

奈良の神社にご縁があり、年に数回お参りしているという方の神棚

お客様からしめ縄を「このように飾らせていただきました。」と写真をお送りいただきました。(※写真は許可を得てご紹介しております)

一社づくりの宮形で、橿原神宮と天河大辨財天社(天河神社)のお神札もお祀りされています。据えられているのはスチールラックの上でしょうか。

お客様からいただいた写真(一社づくりの宮形に、牛蒡型の麻のしめ縄)
お客様からいただいた写真(一社づくりの宮形に、牛蒡型の麻のしめ縄)

お客様は、奈良の神社にご縁があり、年に数回お参りしているそうです。(奈良県の神社で真っ先に思い浮かぶのは大神神社で、三輪山に登拝したことがあります)

「やはり実物は、精麻のエネルギーが素晴らしいです。丁寧に作っていただきありがとうございました。」とお言葉が添えられていました。

清楚な雰囲気が伝わってきませんか?