四国の麻栽培再生を願うキャンペーンpart2を開始いたしました

2022年10月27日(旧暦10月3日、三日月)より四国の麻栽培再生を願うキャンペーンpart2を開始いたしました。

合計5000円以上~15000円未満お求めの方に、京都・山川による下記のオリジナル国産精麻アクセサリーをお1つプレゼントさせていただきます(お一人様お1つ限り)。

国産精麻アクセサリー「あわむすび」(京都・山川製)
国産精麻小物「あわむすび」(京都・山川製)非売品

神社仏閣用の麻製品を調製する創業120年以上である山川さんがこの企画のためにオリジナル精麻小物をつくってくださいました。人と人とを良好な関係で結ぶこと、ひいては縁結びにつながる「あわむすび」(※1)を施しております。(「小さいものほどつくるのは難しい。アラが目立つから」と山川さん)身につけたりバッグにつけたり、神具として使用したりいただければと存じます。

また、合計15000円以上お求めの方には、下記のオリジナル国産精麻アクセサリーをお1つプレゼントさせていただきます(お一人様お1つ限り)。もう1つ山川さんがつくってくださいました。どこにもない形のものです。

国産精麻小物(京都・山川製)非売品
国産精麻小物(京都・山川製)非売品

2016年に徳島県吉野川市(旧麻植郡)にて吉野川市主催で「麻シンポジウム」が開催されたり(私も参加)、同市の広報よしのがわでは麻栽培に向けて機運を盛り上げようと毎月麻に関する記事が掲載されたりしておりました。

旧麻植郡は、その名の通り、践祚大嘗祭(せんそだいじょうさい※2)に麁服(あらたえ)を代々調進する木屋平の三木家をはじめ、麻塚神社、御所神社の祭神「大麻綜杵命(おおへつきのみこと)」、岩戸神社の麻筍岩(おごけ)、山崎忌部神社(麻植神を祀る天日鷲社)、麻平など30件を超える特に多くの麻に由来する地名や史跡が残され、日本の麻文化の発祥地、また中心地といえます。

また、四国に大麻山が3つも存在し、各地に麻(大麻)にまつわる地名、史跡があります。(香川:大麻神社、愛媛:松山市朝(麻)生田町、高知:四万十市麻生など)

四国各県の旧国名(阿波・讃岐・伊予・土佐)の頭文字を順に並べると、あ・さ・い・と=麻糸となるのは偶然でしょうか?

毎年8月14日夜におこなわれる愛媛県八幡浜市の五反田柱まつり(県指定無形民俗文化財)は、たいまつに麻幹(おがら)が使われます。そのために2007年頃まで隣の隣の大洲市で麻が栽培されていました。これが徳島・三木家をのぞく四国最後の麻栽培だった、、このことを2009年に知ったのが、さぬきいんべ創業の発端で、なんとかしようと思い動きはじめて今年で10年余りになります。

2018年3月9日、四国はじめ、日本各地に麻をもたらした阿波忌部の居住地となる徳島剣山系は「にし阿波の急傾斜地農業システム」として、国連食糧農業機関(FAO)が提唱する世界農業遺産(GIATH)に認定されたことは記憶に新しいです。

2021年1~6月に厚生労働省は「大麻等の薬物対策のあり方検討会」を開き、引きつづいて2022年4月から同省審議会が大麻規制検討小委員会を設置、大麻取締法の改正に向けた具体的な議論を行っておりましたが、同法の改正案を2023年の通常国会にも同省は提出する考えで、神事など伝統的な利用や大麻成分の医薬品への活用を目指す方向です。

さらにもう一度、仕切り直し、皆さまのご協力を得ましてまず声を挙げること、、、これを機に四国の麻栽培を再生させ、後世に受け継いでいくきっかけにしたいと存じます。

よろしくお願い申し上げます。

(※1)阿波忌部族は、栃木県小山市粟宮に式内社「安房(粟)神社」(下野国寒川郡条「安房神社」)を創建した。その例祭には、氏子が[粟の穂]を献上するとの日本唯一粟を主体とする「粟柄祭り」が行なわれ、神輿の上に「粟柄」が乗せられる。神輿の四方に取り付けられるのが「粟むすび」と呼ぶ水引で、それは人と人とを良好な関係で結ぶこと、ひいては縁結びにつながるとして信仰されている。(『オオゲツヒメと倭国創生』林博章著P58より)

粟柄神輿につけられる粟むすび
粟柄神輿につけられる粟むすび

(※2)践祚大嘗祭=天皇即位に際し、天皇がはじめて新穀を食(め)され、皇祖および天神地祇に供し奉る即位後1回限りの儀式。

 

 

・参考文献

「日本の建国と阿波忌部」林博章著

「オオゲツヒメと倭国創生」林博章著(多田印刷)

「美馬文化 いななき第14号」(美馬市文化協会会報)

厚生労働省(大麻規制検討小委員会

お客様からご紹介の小説「神様の御用人」のワンポイント神様講座が興味深い

昨年5月に、お客様からご紹介いただいた「神様の御用人」のことを書きました。

本の各章末に“ワンポイント神様講座”というのがあり、興味深くかつ読みやすいのでここで少しご紹介させていただきます。

9巻では、ワンポイント神様講座1で、「荒脛巾神(あらはばきのかみ)ってどんな神様?」とあり、

荒脛巾神は古事記などには登場しない民間信仰の神で、縄文時代から続く信仰だという説もあります。作中では蝦夷(えみし)が祀る神として登場しますが、それも一説にすぎず、製鉄の神、塞(さい)の神など、様々な言い伝えがあります。荒脛巾神の名前を世の中に広めた物のひとつに『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』がありますが、こちらは現在、偽書であるという見方が強く、荒脛巾神がどのような神であったのか、今となっては知る術はありません。

この下に、狐の姿をした方位神・黄金の言葉として、「客人神としてではあるが、今でも末社などで祀られていることを思うと、当時の人々にとってはとても大事な神だったと考えられるのだぞ。」とあります。

ちなみにワンポイント神様講座2は、「蝦夷とアイヌって関係あるの?」で、

「えみし」という名称は、5世紀以前から存在しました。「毛人」とも書き、その頃は「強く、恐るべき人々」など、やや敬意を払うニュアンスがあったようです。6、7世紀頃になると、そこに朝礼の直接支配の及ばない人々という意味が強調されるようになり、斉明朝頃には「蝦夷」という漢字が使われるようになって、文化の異なる人々、異族、という語義が含まれるようになりました。

平安末期、平泉藤原氏の力が及ぶようになると、「蝦夷=朝廷の直接支配の及ばない人々」は、盛岡市と秋田市を結ぶ線以北の本州および北海道の住民を指すものとなり、この頃「えぞ」という呼び方に変化します。やがて鎌倉時代になると、本州の北端は北条氏が支配し、「えみし・えぞ」と呼ばれる人々は北海道の住民のみとなり、その後のアイヌ民族が形成されていったと考えられています。東北の一部にはアイヌ語の地名があったり、マタギ言葉の中にアイヌ語と共通の単語があったりするため、「蝦夷」と呼ばれた人々がアイヌの祖先であった可能性はありますが、未だ明確な結論は出ていないようです。

同じく下に、狐の姿をした方位神・黄金の言葉、「わしにとっては蝦夷もアイヌもヤマトの民も等しく見守るべき人の子よ」とあります。

なお、著者の浅葉なつさんは徳島県ご出身です。想像ですが日本各地に麻(大麻)をもたらした阿波忌部の系統の方かと思いました。姓の浅はアサ=麻が変化したものかもしれず、もしそうであるなら麻ともゆかりの深いお家柄と思われます(麻のつく地名を調べていて別の漢字を当てているところがあるのに気づいた経験があります)。何より、下調べをしてしっかり構築された土台の上に物語が展開されていきます。

「神様の御用人」は、いわゆる巫女体質のこのお客様のご紹介で手に取ったのがはじめです。それゆえ、意味があるように思い、再度ご紹介させていただきます。小説は現在全10巻、ワンポイント神様講座は「天津神と国津神の違いってなに?」とか、各章末にありますので、お時間のない方はそれだけでも見ていただければ参考になるのではと思います。

 

後日、さらにこのお客様から「アイヌ神謡集」をご紹介いただきました。いわく、「アイヌの神々を祀る神聖さが瑞々しくほとばしるようで、なんとも言えない美しさに心を打たれます」と。

神様を大切にする生活を。神棚に毎日お供えする神饌は米・塩・水

神棚をお祀りし、神々のお守りをいただき明るい健全な生活をしませんか。下記に一般的なことを挙げますので参考にしてください。

神棚には毎朝、米・塩・水をお供えします。米と塩はお皿に盛り、水はその日の初水を水玉という器に入れお供えします。(三方や折敷に載せてお供えする場合は、三方や折敷の縁にとじ目がある方を手前にしてお供えします)

氏神様のお祭りや家庭内のお祝いごとなどの時には、お酒や尾頭付きの魚、野菜、果物、また四季の初ものやいただきものなどをお供えします。神社と同じように毎月、月次祭をするといいでしょう。

 

神前の飾り物の1つが、しめ縄です。しめ縄は一番手前の上方に設置します。しめ縄は太い方が向かって右側になります。(しめ縄は神棚と外を隔てて、不浄に触れさせないために設置)

神拝は朝拝と夕拝があります。朝拝は朝早く起きて、顔を洗い、朝拝、夕拝も口をすすいで心身を清めてから神棚に向かいます。今日までの無事を感謝して、また今日一日の無事をお祈りします。

 

お神札の神座の順位は、横に並べておまつりする場合には神棚の中央を最上位とし、次に向かって右側、その次が左側となります。したがって、中央に神宮大麻をまつり、向かって右側に氏神様、左側にその他の崇敬する神社のお札をおまつりします。

重ねておまつりする場合には、一番手前を最上位としますので、神宮大麻を一番手前におまつりし、そのうしろに氏神様、次にその他の崇敬する神社のお札を重ねておまつりします。

古いお札や神棚は、年が明けておこなわれるどんど焼き(左義長)の神事のときに感謝とともに焼納していただきます。

 

ぜったいにこうでなければならないというものではありません。常に清らかに保ち、おまつりすることが大切と思います。

神社の拝殿に吊されている精麻の鈴緒(鈴を鳴らす綱)のいろいろ

たいてい、神社の拝殿正面には「鈴」が取り付けられています。

それは巫女が神楽鈴を振るのと同じように、参拝者自らが鈴の音で祓い清めるためのものです。

その鈴を鳴らす綱を鈴緒(すずお)といいます。

鈴緒は神聖な鈴を鳴らすものであるため、古来神聖な植物とされている麻でつくられてきました。

一口に鈴緒といっても、いろいろなのがあります。少しご紹介させていただきます。

例えば、こんな鈴緒。

 
 
 
 
 
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このタイプは一番よく見るでしょうか。(きなりの精麻でできており、房は「切房」です)

 
 
 
 
 
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こちらは保護編み(七宝編み)付きです。

 
 
 
 
 
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こんな鈴で、五色の縄も。

 
 
 
 
 
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他にも上の写真とはちがう配色のものがあったり、布巻きのものがあったりします。

京丹後の地にて糸魚川翡翠で玉造り、「布留玉の社(ふるたまのやしろ)」

10月1日、京都最北端、京丹後の地にて糸魚川翡翠を用いて勾玉や大珠(たいしゅ)をつくっている「布留玉の社(ふるたまのやしろ)」のwebサイトが再公開されました。(しばらくお休みしておりました)

作り手は青舟(せいしゅう)さんで、2011年からご縁をいただき、さぬきいんべで勾玉や大珠のペンダントをプロデュースし、お分けさせていただいております。ただいま、勾玉「磯砂」、「宇良」、「奈具」、大珠「熊振(よしふる)」がございます。

下記の写真は長さ9センチ弱の大珠「熊振」を草木染めヘンプ糸でマクラメ編みした紐にて現代風に首から下げられるよう仕上げたものです。その他、上記の勾玉も取扱い中。

個人的にはwebサイトで紹介されている勾玉「出雲三作」(八雲・神魂・佐太)がいいと思います。

さて、2016年に日本鉱物科学会により国石に選定されたヒスイ。その後、雑誌「目の眼」で特集が組まれたり、NHK「美の壺」で放送されたり、最近では東京の大田区立郷土博物館で「大勾玉展」が8月2日から10月16日まで開催されていて、じりじり、ジリジリ、脚光を浴びているように思います。

糸魚川産ヒスイ製大珠ペンダント「熊振(よしふる)」
糸魚川産ヒスイ製大珠ペンダント「熊振(よしふる)」

青舟さんのその製作工程は原則、非公開とのことですが、こちらのYouTube動画が公開されていますので、ご興味のある方はご覧ください。

 

 

※2022年10月23日、日本舞踏家の花柳凛、第一回京丹後舞踏公演にて青舟さんの出雲三作の1つ、勾玉「神魂」が公演を通じて主役が首に下げる形で使用されました。(もちろん首に下げる紐は、京都・山川製の国産精麻ヒモです)

公演は2部構成で、第1部が新作舞踊「有涯~丹後七姫より 覚悟の三姫」。静御前、細川ガラシャ、羽衣天女を題材に、2部は太古の祈りを復活させる新作舞踊「祈日月物語」。1部と2部の間には、谷崎テトラさん(構成作家)のトークショーがあった由。

 
 
 
 
 
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