大麻(祓串)の役割に代表される「祓い」とは何をどうすることか

禊ぎと祓いはその働きが似ていることから密接な関係をもち、「禊ぎ祓い」や「祓い禊ぎ」というように、両者は複合語としてつかわれてきました。

「古事記」で伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が禊ぎをするために「御身をすすぎたまう」とあるのが禊ぎにあたります。

「祓い」とは本来は「祓え」で、古語では「祓へ」、「祓い」は古語では「祓ひ」です。

現在では「祓い」と「祓え」は同じ意味でつかわれています。

厳密には両者は異なり、「祓い」は「罪、けがれ、災いを自力で祓い清めること」で、一方の「祓え」は「罪、けがれ、災いを祓えの神様に祈り、神様が祓え清めてくださる」という意味です。

 

神社へ行くと、神主さんが大麻(祓串)を振って私たちの罪・けがれ・災いを祓え清めてくださいます。

大麻(おおぬさ)とは、神社でお祓いを受けるとき、神主さんが私たちの罪・けがれ・災いを祓え清めてくれる、それにつかう道具(祭具)の1つです。形は、サカキの枝、あるいは白木の棒の先に紙垂ないし精麻(麻苧)をつけたものです。

神社の拝殿のなかには祓戸(祓所、祓殿)が設けられていて、そこにお祓いの神様がまつられています。

お祓いの神様とはどのような神様か?

これは「祓戸四柱の大神」といい、「大祓詞(おおはらえことば)」にみえる瀬織津比売(せおりつひめ)・速開都比売(はやあきつひめ)・息吹戸主(いぶきどぬし)・速佐須良比売(はやさすらひめ)の四柱の神様のことです。

これらを「祓戸四柱」「祓戸四柱大神」「祓戸大神」などともいいます。これらの神様が私たちの罪・けがれ・災いを祓い清めてくださいます。

 

 

・参考文献

「厄除け厄祓い大辞典」三橋健著(青春出版社)

「現代語古事記」竹田恒泰著(学研)

 

なぜ、神社の境内はいつも整備され、きれいに掃き清められているか

神社(仏閣)へ行くと、境内はいつも整備され、落ち葉もきれいに掃き清められています。

このことは、奈良時代に規定があって以来のようです。

平安時代に編纂された法令集、「類聚三代格」に残る宝亀8(777)年3月の太政官符「督課諸祝掃修神社事」で、神社はいつも掃除をし、破損したら修繕せよと規定されています。

この後、命令がなし崩しになってしまわないように何回か同じような命令が出ており、弘仁3(812)年5月には風水害や火災のときは朝廷に報告せよ。それ以外で社殿の損傷を放置するなどしたら位階剥奪、無位の白丁なら杖打百回の刑に処す、と厳しいお達しがあったようです。

かつては、全国の神と神社を朝廷の管理下に置く目的で、「従五位下に叙する」など神に位階を授けることがおこなわれました。(神階は諸司諸国が申請して天皇が定める)

 

ただ、日本の麻の文化を含めた清潔にする、あるいは、きれいきたないという精神の根本は、こちらで書いた伊耶那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓の起源にあると思います。

これからも神社もお寺もきれいであってほしいです。

 

・参考文献

「呪術と科学の有職故実図鑑」八條忠基著(平凡社)

旧暦(太陰太陽暦)と日本の文化、2026年の旧正月は2月17日

今年は旧正月は2月17日です。

旧正月とは、旧暦(太陰太陽暦)の元日、1月1日のことです。

旧暦については6年前の拙記事「旧暦と行事、日本は二本立てでできている」が参考になると思います。(季節は、旧暦のとおり動きます)

旧暦の新年に本当の2026年、“令和8丙午(ひのえうま)年”がスタートします。

旧暦は、“自然回帰暦”といえるかもしれません。日本には日本の気候風土があるのです。ちなみに、沖縄の年中行事(祭祀)は今でもすべて旧暦でおこなわれているそうです。

【方角を表す午(馬)】
江戸時代までは時間の他に方角を12に分けて十二支であらわされてました。北が「子(ねずみ)」、東が「卯(うさぎ)」、南が「午(うま)」、西が「酉(とり)」になります。
また、北極と南極をむすぶ線を「子午線」と言いますが、、言葉自体の語源的な意味においては、干支における子(ねずみ)がつかさどる方位にあたる北の方位と、干支における午(うま)がつかさどる方位にあたる南の方位とをむすぶ線のことを意味しています。

 

なお、“伊予路に春を呼ぶ”といわれる伊豫豆比古命神社(椿神社)(祭神:伊豫豆比古命、伊豫豆比売命、伊与主命、愛比売命。愛媛県松山市居相町)の「椿まつり」は毎年、旧暦1月7・8・9日の3日間にわたりおこなわれます。(今年は2月23・24・25日です)

同社は、ご鎮座2300年あまりの古社で、周辺に麻にまつわると思われる地名があります。

 

合計1万円~のお求めの方に、「えひめ麻再興プロジェクト」に協賛し、京都・山川製オリジナル国産精麻アクセサリーをプレゼント中です。

年末年始を迎えるにあたり心得ておきたいこと(2025-2026年)

2025年もあとわずかとなりました。

年末年始を迎えるにあたって、3つお伝えさせていただきます。

まず1つ目。毎年好評の大根型、牛蒡型のしめ縄、各種和かざりは、今年は諸事情により、ほぼ在庫がありません。ご予約いただいている方を優先し順次、製作し、お届けしていっている状況です。現在、年内お届けできるのは恐れいりますが、ご予約されている方の一部と、在庫のみとなります。お求めの方はwebショップよりご注文ください。(お電話、メール、FAXでのご注文も承ります)

2026年用、国産大麻(精麻)しめ縄お届けご予約ページ(特典付き)を開設、継続しております。

 

2つ目。「しめ縄は毎年変えた方がいいですか?」とお問合せいただくこともあります。

答えは否。ご予算などに応じて新しくしたらと思います。スーパーで売られているような市販のしめ縄、しめ飾りなら躊躇ないとは思いますが、国産精麻、あるいは稲わら製の職人が手仕事でつくったしめ縄は大切に使いたくなる人も多いのではないでしょうか。

氏子からしめ縄や鈴緒が奉納されている神社では毎年変えてないところも多いです〔それでもすす払い(家庭でいう大掃除)をし、紙垂を新しくしたりして新年を迎えているところが多数ですが、神職、氏子らがしめ縄を手づくりし新しくする様子を伝えるニュースや新聞記事を近年、年末に頻繁に見るようになってきております〕。

※本年もそういった方のために、紙垂の取扱いをしております。もし、自分でしめ縄をつくることができるなら、それが一番と思います。

 

3つ目はその根本にある理由です。

日本の神道は黄泉(よみ)の国から帰った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊ぎにみられるように「きれいになる」、また「再生」を尊ぶという、言わば「新生」する精神があります。これに付随し、黄泉の国から帰ることを意味するよみがえり(黄泉がえり)という言葉もあります。

また常若(とこわか)といういつも若々しいさまをいう言葉もあります。前述のすす払いや大掃除、お神札、しめ縄などを1年毎に納めて新しくする背後にはこういう意味合いがあります。

なお、使い終わったものは、社寺の境内等で家庭の門松やしめ飾りなどを一緒にはやす(燃やす)正月の伝統行事、どんど焼き(左義長、とうどうさん、地域によって呼び名がちがう)へ。そこで1年の無病息災を祈りましょう。

年越しの大祓も忘れずに。日々の生活の中で気づかないうちに生み出した目に見えない罪穢れをすべて祓い清めて新しい年を迎えます。

新年は1年で一番神様を感じる時ではないでしょうか。その新年を迎える前と、迎えた後。伝統行事は1年を健やかに過ごす先人の知恵です。

 

大年神(おおとしのかみ)は、民間信仰から歳徳神(正月に家に迎えまつる神)と考えられています。

家のしめ縄を新しく掛け替えたり、年神様の依り代(神様の憑依物)としての門松を作ったり、穀物神である年神様に穀物の代表として鏡餅などを供えたりして、新年を迎えます。(もとは旧暦1月を正月とよび、31日までのひと月がお正月でした)

年々、神様をお祀りすることの重要さが増しているように思います。

皆さまがいい年末年始をお迎えいただけますようにお祈り申し上げます。

「年末の大掃除」にみる日本の文化、場をきれいにして歳神様をお迎え

年末の大掃除は、もともと伝統的行事である神社やお寺の「すす払い」が起源でした。(江戸時代では12月13日におこなわれ、正月準備をはじめる日とされました)

お堂のホコリを払ったり、大きな仏像に何人もの人がしがみつきながら布や笹竹でお清めしたりしているのをニュースで見て、年末だなぁと感じる方が多いのではないでしょうか?

 

掃除は大きくわけて、掃き掃除と拭き掃除があります。

掃き掃除につかわれるホウキは古来、神の依り代とされ、掃くという所作を通じて神霊をまねいたり、はらったりする呪力があると信じられていました。

ホウキに関するもっとも古い記録は「古事記」の天若日子(あめのわかひこ)の死後、妻の下照比売(したてるひめ)が喪屋(もや)を建てて鷺(さぎ)を掃(ははき)持ちとしたというものです。(日本書紀にも表現は異なりますが、ホウキが登場しています)

日本においてホウキは古く「ハハキ」とよばれていました。ハハキは後に発音しやすいように変化してホウキに転じ、室町時代には後者が優勢になったとされています。

 

清浄を貴ぶ、神道で何よりも忌むのはケガレです。ケガレをはらうために水でミソギをし、御幣で祓いをします。これは今日でも、宮参りや七五三、地鎮祭など神社の祭式としてつづいています。

神事でつかわれる大幣(祓串)はもちろんのこと、お神酒徳利のすずのくち(とっくりの口に挿す細竹でつくった飾り)や紙垂をはじめ、神に捧げるものはすべてまっ白で新しい紙や竹木、精麻をつかうのもケガレを避けることからきています。

遺物はないが、すでに縄文時代には掃除が行われていたと考えられている。縄文の環状集落は円環状に構成されていて、中央が広場になっており、ここは祭祀場だったと推定されている。周囲を集落がドーナツ状に囲んでいて、その外にごみの廃棄場がある。縄文遺跡では、ごみは一ヵ所にまとめて捨てていて、中央広場からは遺物が発見されないという。

このことから、環状集落の中央広場は常に清められていた空間だったと推定されている。掃除をしていたということである。日本人は古くから清潔を貴ぶ文化を持っていたのであろう。(「掃除道具」小泉和子・渡辺由美子著(法政大学出版局)P2より)

 

かつては家の中で囲炉裏や火鉢をつかっていたため、ススが溜まりやすく、そのススを年末に払っていました。

きれいにした家でお正月にやってくる神様、「歳神様」をお迎えしましょう。

 

 

・参考文献

「掃除道具」小泉和子・渡辺由美子著(法政大学出版局)

「季節のこよみ」平野恵理子(偕成社)

「日本のしきたり」新谷尚紀(出版芸術社)

 

 

 

 

 

 

旧暦10月は神在月。八百万の神が訪れるとき、出雲では何が行われるか

出雲地方では、旧暦10月は神在月(かみありづき)。

出雲大社から約1キロ離れた稲佐の浜。波の音が響く中、かがり火がたかれ、神迎祭の祝詞が奏上されるのが旧暦10月10日の夜です。(2025年は11月29日で土曜日となっており、より多くの参列者が予想されると思われます)

日本全国の八百万(やおよろず)の神は、稲佐の浜に参集します。

そして、稲佐の浜へ訪れた神様たちは神籬(ひもろぎ)に遷され、絹垣を取り囲む神職や氏子などとともに出雲大社へ向かいます。

その後、神楽殿にて宮司はじめ、多くの神職らが神在祭をおこないます。

神在祭では朝から夜まで神事がおこなわれ、その後神様が宿る神籬は境内にある十九社(いわば宿泊施設)へと遷されます。そして、翌日の旧暦11日から17日までの7日間、神様はそこを宿とし滞在されるのです。

 

そこで、神様は何をされるか。さまざまな取り決め、日本や私たちの繁栄や安泰、それに縁結びや五穀豊穣などについて話し合う、神はかり(=会議)がおこなわれます。

その会場は稲佐の浜にほど近い上宮(かみのみや)といわれており、上宮と十九社では毎朝お供えし、祝詞を奏上します。

本社では旧暦11日と15日、17日にお供え物をし、祝詞を奏上します。夜は神楽殿で夜神楽祈祷などがあり、多くの参拝者が訪れます。

旧暦17日の最終日には夕方、十九社に帰路につく神様をお迎えに行きます。(その際もこられたときと同じように絹垣で覆われて遷されていきます)その後、拝殿において神等去出祭(からさでさい)がおこなわれ、神様は出雲大社をお立ちになられます。

 

以前は地元の人や出雲大社の崇敬者だけが訪れるだけでしたが近年、神在祭期間中の一般の観光客が増えているようです。

 

 

 

・参考文献

「伊勢神宮と出雲大社」(エイ出版社)

日本の大切な伝統文化、おお麻と足袋にみられる”清浄”という共通点

日本の伝統的な衣類である足袋(たび)。

国立民族学博物館の上羽陽子准教授によると、いつあらわれたのか詳しくわかりませんが、5世紀頃に貴族や役人の装束や沓(くつ)とともに、襪(しとうず)という指又の分かれていない靴下のようなはきものが、中国大陸から日本に伝わったのが起源だそうです。

足袋のつま先は、足の親指と他の4本の指に分かれていて、下駄・草履・わらじなどの鼻緒の履き物が履けるようになっています。

うち、白足袋は神職、僧侶、能楽師、歌舞伎役者はほとんどの場合着用、茶道や弓道、大相撲の土俵上などで着用され、清浄の象徴として扱われています。

 

一方、おお麻(精麻)は、神の依り代、神様が宿る神聖な繊維とされます。

その用途は神事、神主がお祓いの際に使用する大麻(おおぬさ)はじめ、神社のしめ縄鈴緒、木綿葛(ゆうかづら)や巫女の髪結いなど、清浄であることが重要であるところに使用されます。

白木が清浄をあらわす場でつかわれるのと同じように、(白)足袋も、麻も、同じ意味をもっているものと思います。

 

5本指ソックスを手がける杉山ニット工業(奈良県香芝市、杉山浩之代表)は今年、創業60周年。その技術力により、足袋のよさとヘンプソックスが組み合わさった「タビソックス」が誕生しました。

履き心地がよく、5本指より履きやすい。11月3日より、取扱い開始いたしました。

 

 

・参考文献

「日本と世界のくらし どこが同じ?どこがちがう? (衣)」上羽陽子監修(汐文社)

「日本の建国と阿波忌部」林博章著

次は、年越しの大祓までに授与。神職が1つひとつ手作りした「大麻(おおぬさ)御守」

6月15日、香川県高松市宮脇町に鎮座する岩清尾八幡宮において、国産精麻を用いて神職が1つひとつ手作りした「大麻(おおぬさ)御守」が授与されました。

同宮は、西暦918年に現在の岩清尾山の山上に八幡大神様が現れたため、当時の国司が祠を建ててお祀りしたのが起源とされ、その後、社殿が山裾に建立、高松総鎮守・高松の護り神として現在に至ります。

 

「大麻御守」の大きさは通常のお守りより少し大きい程度で、複数の神職が手作りしているため、大きさや形がそれぞれ異なるとのこと。

予想に反し、用意していたものが授与当日、午前中ですべてなくなった由。

1体が1500円。次回は、年越しの大祓までに12月に授与されるそうです。

 

御用材を伐り出す木曽の御杣山。「木曽」の語源は麻が関係している?

皇祖・天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする伊勢神宮では、20年に一度、御社殿と御装束神宝をあらたにして大御神にお遷(うつ)りいただく、「神宮式年遷宮」が斎行されています。

第63回神宮式年遷宮では、大御神を新宮(にいみや)にお遷しする「遷御」を令和15年に控え、令和7年春よりその諸祭が開始されています。

神宮式年遷宮で、皇大神宮(内宮)・豊受大神宮(外宮)のほか、別宮など計65棟が立て替えられます。

必要となるヒノキの御用材は、総材積約8500立方メートル、本数にして約1万3000本にのぼります。

このヒノキを伐り出す御杣山(みそまやま)は、持統天皇4(690)年の第1回遷宮から鎌倉中期に至る約600年間は、ほぼ宮域内で選定されていました。

その後、宮域内で良材が得られなくなると、御杣山は他所に求められるようになり、江戸時代半ば以降はおおむね木曽地方に移り、現在に至っています。

遷宮の御用材となるヒノキは「御神木」として丁重に扱われます。

天皇陛下の御治定(ごじじょう、お定めいただくこと)により、第63回の遷宮の御杣山も、前回と同じく木曽谷国有林(長野県木曽郡上松町)および裏木曽国有林(岐阜県中津川市)に定められました。

さらに、木曽谷での「御杣始祭(みそまはじめさい)」が6月3日、裏木曽での「裏木曽御用材伐採式」は6月5日に執り行われました。


ところで木曽は、続日本紀をはじめとする歴史的な書物上は「岐蘇」「危村」「吉祖」「木曽」などと書きあらわされています。

この語源については、以下の3つの説があります。


1.「き」は生糸・生酒などの「き」で、純粋なものをあらわす。「そ」は麻苧(精麻)をあらわし、麻を植えて、それで布を織ったため。
2.着麻(きそ)または着衣(きそ)による。この地の人がいつも麻の衣を着ていたことによる。
3.急流で川床が小石で一面に敷きつめられた美しい流れをアイヌ語でキソと呼ぶことによる。

“きそ”という言霊から何を感じるでしょうか?「日本は言霊幸わう国」です。

木曽の語源に麻が関係している可能性について、ご紹介させていただきました。

 

素戔嗚尊(すさのおのみこと)がいわれるのに、「韓郷(からくに)の島には金銀がある。もしわが子の治める国に、舟がなかったらよくないだろう」と。そこで髯(ひげ)を抜いて放つと杉の木になった。胸の毛を抜いて放つと檜になった。尻の毛は槙の木になった。眉の毛は樟になった。そしてその用途をきめられて、いわれるに「杉と樟、この2つの木は舟をつくるによい。檜は宮をつくる木によい。樟は現世の国民の寝棺を造るのによい。そのための沢山の木の種子を皆播こう」と。(日本書紀の素戔嗚尊の八岐大蛇の条)

このように、素戔嗚尊はわが国に生育する代表的な4つの樹木の用途を、スギとクスノキとは舟の材料に、ヒノキは宮殿の建築材料に、マキは棺の材料にするのがもっとも適していると言われています。

神具、神籬(ひもろぎ)台、八束案、幣案など上等品はヒノキです。(材色が白いところから、見る人が神聖感または清浄感を抱くことを利用していると思われます)

 

 

・参考文献

「皇室」令和7年春106号(公益財団法人 日本文化興隆財団)

神前奉納の体験が可能。オンライン講座で学ぶ、はじめての巫女舞

「巫女舞にチャレンジしたいが、習うところがない」、「初心者だが、神社で巫女舞を奉納したい」

そういった方々に向け、「やまとおとめ」(伊藤久乃主宰、東京都)が巫女舞オンライン講座をこのほど開始しました。※リンク先より、公式LINEに登録いただくと詳細が届きます。

主宰の伊藤久乃先生は、40代で巫女舞と出会い現在歴10年。東京都内はじめ、全国各地の神社で奉納、助勤、海外でも披露されています。

全国からお問合せをいただくなか、遠方では稽古に通ったり、座学やきめ細やかなサポートをしたりは対面では容易ではないことから、数年かけてやり方やカリキュラムを準備し、この講座が生まれた由。

オンラインですので自宅で習うことができます。

巫女舞の演目は豊栄舞で、初回の体験奉納(2025年8月24日)は、神社様と相談して奉納の場を準備しており、軽井沢に鎮座する熊野皇大神社を予定。

さらに伊藤先生は、国産大麻(精麻)五色緒のついた鉾先鈴をお持ちで、巫女舞だけでなく麻への理解もあります。

なお、ただいま10名様限定でモニター特別価格にて受講生を募集していらっしゃいます。(すでに定員に達していた場合、申し訳ございません)

未成年の方は保護者同伴であれば、受講、奉納が可能です。