讃岐忌部氏、忌部正國(香川・誉田八幡宮の創始者)がご先祖のお客様

「麻を検索しておりましてさぬきいんべさんに行き着いたのですが、なぜ目に止まったかと言うと私の先祖が誉田八幡宮(香川県東かがわ市引田)創始者の忌部(いんべ)正國なのです。

数年前に先祖供養を学び、母方祖母の実家(中山家)が奈良時代から続く忌部氏だったと知りました。」

11月初旬、松坂ミキさんという方からこんなメッセージが届きました。

そして、いただいたのが忌部正國以降の下記の系譜です。〔忌部正國は讃岐忌部氏の祖神、手置帆負命(たおきほおいのみこと)の末裔〕

奈良時代 初代 大内領 忌部正國

     二代 縣主 忌部正佐

平安時代 三代 忌部正宣

     四代 忌部正照

     五代 忌部正種

     六代 忌部正眞

     七代 忌部正竒

     八代 領 忌部正道

     九代 領中山總願 忌部正久

     十代 領帳中山總願 忌部正忠

鎌倉時代 十一代 中山總願 忌部正員

     十二代 中山總願 忌部正遠

     十三代 中山總願 忌部正時

     十四代 中山總願 忌部正徳

     十五代 中山總願 忌部正丕

南北朝時代 十六代 中山總願 忌部正頼

      十七代 中山總願 忌部正等

室町時代 十八代 中山總願 忌部正保

     十九代 中山總願 忌部正氏

     二十代 中山總願 忌部正猶

     二十一代 中山總願 忌部正弘

戦国時代 二十二代 中山總願 忌部正元

     二十三代 中山總願 忌部正友

     二十四代 中山總願 忌部正教

     二十五代 中山總願 忌部正敬

安土桃山時代 二十六代 中山總願 忌部正盛

江戸時代 二十七代 中山總願 忌部正之

     二十八代 中山總願久太夫 忌部正基

     二十九代 中山久太夫總願 忌部正行

     三十代 中山久太夫總願 藤原正武

     三十一代 總官 中山數馬 藤原正信

     三十二代 總官 中山豊前 藤原政啓

     三十三代 總官 中山伊賀 藤原當通

     三十四代 總官 中山長門 藤原正住

     三十五代 總官 中山長門 藤原當基

     三十六代 總官 中山菅雄 斎部正純

さらにその後も下記のようにつづきます。

讃岐忌部氏36代以降の家系図
讃岐忌部氏36代以降の家系図(左上が36代中山菅雄)

 

松坂さんは先祖供養で不思議な体験をして2022年7月に文芸社から「ROOTS」というノンフィクション小説を出版したそうです。(子育ての苦悩から解決策を探していた時に、先祖供養不足が子供の教育や発達に問題の原因になっていることを知り、取り組んで実証したことを出版)

それで思い出しましたことは私は、山梨・身曾岐神社で祓い修行とそこで教わった九族鎮魂法(先祖供養)をしていて、通常の学校では学べない、神様事はもちろん、ご先祖様や親があって自分があることを学んでいるうちにそれまでに知っていた、おお麻(ヘンプ)に引き寄せられ、「さぬきいんべ」を創業する流れになっていきました。

「ROOTS」に下記の文章があります。

家系を木に例えると、さしずめ地中の根が先祖で幹が自分たち、枝葉が子どもや孫たちというところだろう。先祖供養とはその根に栄養を送ることだという。生かされている自分たちの見えない根源を疎かにして、将来枝葉の発展はないのだ。そのルーツの鎖を錆びつかせておきながら下ばかり向いて、孫はまだか、受験はどうだと言う前に、自分はつなぐべき幹の役目を果たしているのかと問うてもらいたい。

 

家のご先祖のこともそうですが、1500年以上前、讃岐国(現在の香川県)を開拓した讃岐忌部氏のことは現在知らない方が多いと思います。

讃岐忌部氏の祖神は、平安時代の歴史書である古語拾遺(807年)で太玉命(ふとたまのみこと)が率いた神の1柱として挙げられている手置帆負命です。

善通寺市大麻町の式内社「大麻(おおさ)神社」の社伝に、「神武天皇の時代に、当国忌部と阿波忌部が協力して麻を植え、讃岐平野を開いた。」という旨の記述があると知り、そこで、当時香川県に住んでいた私は、おお麻のことを広めようと誰でも読め親しみやすいように「さぬきいんべ」の屋号で2010年に創業しました。

※讃岐忌部氏についてはWikipediaにまとめています。

祝・12周年 さぬきいんべ年末感謝祭(本年も誠にありがとうございました)

2017年から毎年開催させていただいております年末感謝祭。

本年は12周年を祝って、開催させていただきます。(2022年12月31日まで。2023年1月4日に13周年を迎えます)

四国の麻栽培再生を願うキャンペーンpart2のプレゼント、京都・山川のオリジナル国産精麻アクセサリー「あわむすび」と、別のアクセサリーをお買い上げの価格帯ごとにプレゼントさせていただくことといたします。(年末のしめ縄ご予約の方は別の特別特典をお付けいたします。こちらは11月18日ご予約注文分まで)

 

本年を振りかえりますと、昨年6月から、おお麻(ヘンプ)専門神具店に舵を切りましたが、その拡充に第一に取り組みました。まず年頭より、国産大麻(精麻)の鈴緒鰐口紐(鐘緒)の取扱いを開始。そして、昨年の11月から東京・戸越八幡神社様の月次祭と、神楽殿での浦安の舞が国産精麻・草木染め五色緒付きの鉾先鈴または神楽鈴を使って奉納されていましたが、春にはその動画をアップでき見ることができるようになりました。

また、巫女の紹介で、6月には同神社様へ国産精麻の大麻(おおぬさ)を納品させていただきました。一方、買う人ばかりではなく作る人を増やしたいと思い、昨年開催した大麻の麻縄活用コンテストの第2回を本年も開催させていただきました。2回目はどうなることかわかりませんでしたが、第1回より多数のご応募が寄せられ、うれしかったのと、1人の方が複数ご応募いただくなど力作が多かったと思います。ご紹介くださった方、ご応募いただいた方々ありがとうございます。

11月には思わぬところから情報が寄せられ、讃岐忌部氏の系譜が現代までつづいていることがわかりました。これまでは文献で調べ江戸時代までぐらいしかわかりませんでしたので、命の連鎖と、神代からのつながりにただただ驚くとともに当初は讃岐忌部氏の復活も思っていましたので、これまでやってきてよかったという思いです。

来年2023年は、いよいよ大麻取締法の大幅改正が通常国会で審議され、法改正があるとみられます。今後、これまでしてきたこと、目に見えないものを大切にする人が増えるように、そして神社仏閣向けに麻製品を普及させていくこと、また個人様においてはますます手仕事が盛んになりますようにと願うとともに国産の精麻製品が発展、後世に麻文化が継承されますように祈念いたします。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

※webページからだけでなく、お電話、FAX、メールでのご注文も承っております。

四国はじめ、日本各地に麻(大麻)をもたらした阿波忌部についておさらい

今後、昔の麻の産地や麻の地名が残っている箇所がクローズアップされるのではないかと思い、日本各地に麻を植え拓いていった阿波忌部(いんべ)について以下にまとめました。

忌部氏は、祖神を天太玉命(あめのふとだまのみこと)とし、古代において大和朝廷の宮廷祭祀(豊穣・平和の実現・災害・疫病防止・子孫繁栄などを祈る=マツリゴト)とあわせ、祭具(神様にお祈りするための道具)や神殿をつくる職務をつかさどった氏族でした。

そのうちの阿波忌部は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)を祖神とし、麻や穀(かじ、楮)を植え粟国(阿波国=現在の徳島県)を開きました。阿波勢力(後の阿波忌部族)は、ヤマト王権の成立に大きな影響を与え、日本各地へ進出して産業の基盤となる麻や穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・建築・漁業などの技術を伝えました。阿波忌部が麻を植えた地は「麻植(おえ)郡」(現在の徳島県吉野川市)と呼ばれました。

807年の「古語拾遺」にあるように、天日鷲命の孫は、天富命(あめのとみのみこと)に率いられ海路黒潮で房総半島に到達、麻・穀を植え産業を広めました。昔は、麻を「総(ふさ)」と呼びました。よって、千葉県は総国(ふさのくに)、上総(かずさ)・下総(しもふさ)と呼ばれ、阿波忌部がいるところは故郷の阿波を偲び安房国(あわのくに)と名付け、「安房神社」が建てられました。以後、常陸国(ひたちのくに)・武蔵国(むさしのくに)・下野国(しもつけのくに)などの関東地方を拓いていきました。栃木県小山市粟宮(あわのみや)にも「安房神社」があります。東京都の浅草には酉の市で有名な「鷲神社」(おとりさま)が祀られていますが、阿波忌部の関東開拓の故事が「酉の市」の起源ともなりました。その他、伊勢・遠江・伊豆などの太平洋岸や石見・出雲などの日本海側にも進出していきました。

また、阿波忌部は天皇が即位する一世一代の儀式となる大嘗祭に大嘗宮内の悠紀殿(ゆきでん)・主基殿(すできん)の「第一の神座」に大王霊が宿る神衣(かんみそ)として奉られる「麁服(あらたえ)」と呼ぶ麻の反物(麻織物)を調進する重責を担ってきました。2019(令和元)年、今上天皇の大嘗祭がおこなわれましたが、阿波忌部直系の三木家第28代当主・三木信夫氏より調進されたのは記憶に新しいところです。

その他に阿波忌部に関わりがあり、現在もつづいている産業に、阿波藍、阿波和紙、すだち、太布があります。

なお、同じ忌部氏の一族である讃岐忌部は、手置帆負命(たおきほおいのみこと)を祖神とし、讃岐国(現在の香川県)を一番はじめに開拓しました。香川県善通寺市に鎮座する式内社、「大麻(おおさ)神社」の社伝に「神武天皇の時代、当国の忌部氏、阿波忌部と協力して讃岐を開拓し、此の地に麻を植え、殖産興業の途を開かれ、国利民福の基を進め、その祖神天太玉命を祀り、大麻天神(おおあさのあまつかみ)と奉称し、村の名を大麻と云う。」とあります。

麻の名を冠した日本の地名マップもあわせてご覧ください。

 

※阿波忌部研究の第一人者である林博章先生が、日本や世界の聖地旅行を専門とするクラブワールド株式会社(代表取締役 大村真吾氏)の主宰するYouTube動画(約59分)に出演し、「忌部」について対談形式で語られています。(今後、クラブワールド社では、剣山例大祭とあわせ、忌部山ツアーを主催する予定だそうです)

※「大麻」の名は、明治以降の外来種と区別するため。

 

 

・参考文献

「徳島と日本各地を拓いた阿波忌部」(発行:一般社団法人忌部文化研究所)

一般社団法人 忌部文化研究所ホームページ

「麻の文化を守り育てる」(野州麻栽培農家七代目 大森由久)パンフレット

 

 

「神様の御用人」からのメッセージ、おお麻(ヘンプ)専門の神具店へ

先月より、お客様の1人から浅葉なつさんの「神様の御用人」をご紹介いただき、読んでおります。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、神様の話です。なかなか面白く、小説とマンガがあり、こちらでマンガを読むことができます。

読んでいて、方位神・黄金(こがね)が主人公(萩原良彦)に語りかける言葉が目に留まりました。

日本の人の子が再び神祭りに目覚め神に畏怖と敬意を持つようにおまえに取
り計らってもらいたい。

今このように語りかけられている人が実際にいらっしゃるのではないでしょうか?無意識にしろ意識しているにしろ。

おお麻(ヘンプ)に携わっていて年々、神様を大切にする人が増えたらいいなと感じるようになり、今日に至っていますが、上の言葉に出会って、いま日本で神様に畏怖と敬意を持っている人がどれだけいるだろうと思いました。

私は神様(仏様)を大事にする人はいい人が多いと思います。そういう人が増えれば世界はもっとよくなるのではないかと思うのです。

そしてつい先日、女子神職のつける髪飾り、釵子(さいし)の販売を開始、この釵子は国産大麻(精麻)の飾り紐がついており、それを機に「おお麻(ヘンプ)専門神具店」へと舵を切りました。昨年こんな記事を書いておりました。釵子の紐を先行してご注文いただいており、ドキドキ(ワクワク)しています。

装束、神具はじめ衣料、雑貨など、おお麻(ヘンプ)を使ったものづくりを通して、神様(仏様)を大切にする人に貢献、またそういう目に見えないものを大事にする人が増えるように活動していきたいと存じます。

4月に別のお客様が讃岐忌部(いんべ)の祖神、手置帆負命(たおきほおいのみこと)をお祀りしている神社がありましたと写真とともにご報告をくださいました。

その神社とは、東京・荒川区の石浜神社の摂社、麁香(あらか)神社です。(摂社とは、本社に付属しその祭神と縁故の深い神を祀った神社をいいます)

麁香神社(東京・石浜神社の摂社)社殿
麁香神社(東京・石浜神社の摂社)社殿

ご祭神の手置帆負命・彦狭知命(ひこさしりのみこと)は現代でいう家づくり、ものづくりの神様で、つまり職方、職人のための神様です。

麁香神社の由緒書き
麁香神社の由緒書き

さぬきいんべの屋号はご存じと思いますがかつて香川県(讃岐国)を阿波忌部と協力し麻を植え開拓していった讃岐忌部からいただいていて、誰でも読むことができるよう、親しみやすいようにと、ひらがなにしております。(現代風にという思いも込めています)

今後ともよろしくお願い申し上げます。

※麁香神社は江戸時代の建立で文化財保護の観点から現在、一般の参拝はできないようです。

【10周年記念!質問コーナー】なぜ伊予なのに「さぬきいんべ」か?

10周年記念ということで、今までいただいたご質問、お問合せの中から、これは知っておいていただきたいものをご紹介させていただきます。

さて、なぜ伊予なのに「さぬきいんべ」ですか?というご質問、5年くらい前に香川の方からいただきました。

さぬきいんべは、2010年1月に香川県高松市にて創業いたしました。当時、同市に住んでおり(香川には丸亀5年、高松12年の計17年)、その後、実家のある現在地へUターン。1年あまりの休止期間を経て再始動、現在に至っております。

さぬきいんべとは、すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、かつて讃岐平野を阿波忌部とともに麻を植えて開拓していった讃岐忌部にちなんでおります。

香川には現在も大麻山、高瀬町麻、大麻神社、麻部神社などそれにまつわる地名、神社等が残っており、それらの意味、事蹟を再興すること、それと神道において、大幣(おおぬさ)、しめ縄および鈴緒にも使われ最重要視されている大麻(おおあさ)に光を当て、その文化を後世に受け継いでいきたいと考えたのが創業のきっかけです。〔当初これをしなさいというようなご縁がありまして、今治市の工房織座製のヘンプ生地を用いた製品(衣料)を皮切りにスタートいたしました〕

なかなかこの理念は簡単ではなく、一度は挫折、その他にも言い尽くせないことが多々ありましたが、不思議なご縁、めぐりあわせで再始動した後は続けることができ、コツコツ取り組んで、本年1月、10周年を迎えることができました。

細かいことは書くときりがないので、これくらいにさせていただきます。また機会ございましたら細部についてご紹介させていただくことがあるかもしれません。

ありがとうございます。

 

今年も1年間ありがとうございました~年末感謝祭2019

年末感謝祭2019

来年のエネルギーが世の中に入ってきて予兆を感じる頃になってきた感があります。

今年も年末感謝祭を1年間の感謝を込めてさせていただきます。

お買い上げいただいたお客様全員に、日本各地をひらいた阿波忌部についてのカラーパンフレットをプレゼント中です(お一人様1部限り、2019年12月31日まで)。

今年は元号が令和となり、ご存じの通り、新天皇即位にともなう大嘗祭(11月14~15日)に大麻の織物、麁服(あらたえ)が阿波忌部の直系である三木家(当主・三木信夫さん)より調進、愛知県豊田市で作られた絹織物「繪服(にぎたえ)」とともに供えられました。

阿波忌部のことがわかりやすくまとめられたA4全10ページのカラーパンフレットです。日本の原点を見つめ未来を創る、そういう時期にふさわしい内容と思います。(個人的にはP8の忌部の精神がおすすめ、これは2013年に今治市であった三木さんの講演の際にも拝聴した覚え)

ぜひ楽しみにお待ちください。(^^)/

出雲の台頭。忌部と共に注目!

2017年2月、徳島・大麻比古神社の正式参拝(日本麻振興会主催)へ行ったときのこと(この時のレポートはこちら)。

上記レポートでは触れていないことですが、映画「つ・む・ぐ 〜織り人は風の道をゆく〜」、「麻てらす」の吉岡敏朗監督も来られていたので、名刺交換させていただきました。私の名刺(さぬきいんべ)を見るなり、「俺は出雲忌部だ」と。

吉岡監督は出雲出身だったんですね(知らなかった)。

出雲にご縁を感じることはこの時に限りません。

創業を目指していた2009年秋に神縁の皆様とたまたまタイミングが合い、出雲大社と物部神社へ正式参拝した他、神魂神社、八重垣神社、日御碕神社など11ヶ所ほど巡りました。

またその後にご縁をいただいた玉造りをされている青舟さんは、しょっちゅう出雲と新潟・糸魚川を行ったり来たりされていて状況報告をよくいただきます。

それから備前と讃岐忌部の関係は?でご紹介した備前市伊部・天津神社の神職に電話した際、たまたまそういう話になったのでお聞きすると「(忌部は)出雲と関係があると思う」とのことでした。

讃岐忌部氏の祖神、手置帆負命(たおきほおひのみこと)は文献によると後年、大国主命の笠縫として仕えたとされていて、出雲と関係があるのか程度に思っていましたが、次々ご縁のある方がそういうことを言われるのでやはり忌部と出雲は関係あるんだろうなと思っています。

伊勢神宮の式年遷宮、出雲大社の平成の大遷宮が重なった2013年以降、徐々に光が当たっていなかったところに光が当たっていき、時代が令和となって、いま国つ神(土着の神)に光が当たっていっているように感じます。

松山・道後温泉の大国主命と少彦名命が登場する「玉の石伝説」が道後REBORNプロジェクトのアニメ「火の鳥”道後温泉編”」で紹介されているのも1つ。

声優が火の鳥役・水樹奈々、大国主命役・つるの剛士、少彦名命役・三森すずことなっています。(^^)

そして、ここまで記事を書いてきて2020年に東京国立博物館平成館(上野公園)にて下記の特別展が開催されることがわかりました。

日本書紀成立1300年 特別展「出雲と大和」

2020年は古事記編纂1300年を迎えた2012年から8年。さぬきいんべにとっても大事な年になりそうです。2020年1月で10周年ですし。^^

さらに、ここまで書いて「出雲の國」というチョコクッキーをおみやげでおすそ分けいただきました。きてますね!出雲。

出雲は見えない世界を司っているといわれます。いよいよ、ワクワクします。

私たちにとっては、見えるものより見えないものの方が重要です、見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。(新約聖書:コリントの信徒への手紙)

備前と讃岐忌部の関係は?

4年前、玉造りをされている青舟さんから紹介いただいた方で、岡山・備前市伊部に鎮座する天津神社の神職がいます。〔私事、神職の知り合い(すぐ連絡取れる)はこの方含めて4人います〕

青舟さんらしく?封書で紹介いただいたので、すぐ電話をかけその神職と少しお話をさせていただきました。

天津神社の近くに忌部神社があること、自身備前焼をされていることなどをお聞きし、忌部っぽいつながり、ご縁を感じました。

以後一度訪れたいところの1つです。

 

それから、香川県在住時代の職場の後輩で、後に結婚され長船(おさふね)という姓になった人がいます。

年賀状で結婚を知った際、(讃岐にしては)変わった姓と思っていました。

それが、1年半前に岡山へ行った際、備前長船という道路標識を見たので、帰ってからその長船さんに関係あるかとたずねました。

刀剣には詳しくはありませんが(青舟さんは詳しいです)、瀬戸内市に備前長船刀剣博物館というのがあるんですね。

長船さんいわく、先祖が刀を作る人みたいなことを聞いたことがあるのと、旦那さんが小さい頃、祖父と一緒にその刀剣博物館へ行ったことがあるとも。

そして、香川県の観音寺市一角に長船さんが数軒固まっているそうです。

 

前々からSNSで投稿をしていると知らず知らず香川、徳島だけでなく岡山の方々ともつながり、ご縁ができたので何か讃岐忌部と関係があると思っていました。

最近、知人と岡山の話になり、吉備津彦とか、温羅(うら)、備前焼の話になったので、上記のことを思い出しました。岡山には笠岡とか気になる地名もあります。

2005年だったと思いますけど、私は吉備津神社へお参り、その際に鳴釜神事を体験しました。

「温羅」という日本酒を作っている方もSNSで知り合い、その後西条市へ来られた際お会いしたことがあります。他にも縁を感じる方がいます。

やっぱり気になる四国に大麻山が3つあること

善通寺・大麻山へ向かう登山道より丸亀平野を望む

-四国には3つ大麻山がある。

20年以上前のこと。私は香川県民でした。当時勤めていた会社の人から香川・善通寺市の大麻山(おおさやま、標高616.3m)山頂に「GW頃見ごろになる桜(ボタンザクラ)がある」と聞き、それを見ようと大麻山に登りました。

この頃はまったく意識していませんでした。

その後十数年して、その標高約405mにある野田院古墳へ行くとはつゆ知らず。

国道32号線から見た琴平山~大麻山方面
国道32号線から見た琴平山~大麻山方面の夕景

山の名は、この周辺が古代に麻の生産地であったことに由来しています。(善通寺市デジタルミュージアム 大麻山より)

この大麻山の東麓に忌部氏の祖神、天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祀った大麻神社が鎮座しています。

その後、神社含む古神道に関心を持ち始めた2005年に徳島・大麻比古神社の背部に形造られる大麻山へ(標高538m)登りました。頂上には奥宮・峯神社が鎮座しています。2008年頃、大麻比古神社へ立ち寄った際もう1回登ったと思います。

古くはこの大麻山は船舶航行の目印とされ、頂上に猿田彦大神が祀られていました。後に大麻比古神社に合祀されましたが、その信仰は今も息づいています。

2014年、金刀比羅宮ならびに奥社・巖魂神社にお参りしたその足で、善通寺・大麻山の龍王社へ。ある方から「最近、龍王社あたりが明るくなっている」と聞いたのでした。周辺には「上代噴気孔遺址 龍王池」の石碑があります。

善通寺・大麻山に鎮座する龍王社
善通寺・大麻山に鎮座する龍王社

 

善通寺・大麻山へ向かう登山道より丸亀平野を望む
善通寺・大麻山へ向かう登山道より丸亀平野を望む

そのすぐ後、小豆島の磐座を紅雲亭一葉さんのご案内で巡った際に、地区名の由来となっている大石「黒岩さん」のある黒岩地区から大麻山(太麻山、標高427.2m)を遙拝しました。小豆島の大麻山の山容は鷲が羽を広げたように見えませんか?

小豆島黒岩地区より見た大麻山
小豆島黒岩地区より見た大麻山(太麻山)

紅雲亭さんによると、小豆島の大麻山は応神天皇が麻布を振ったとの伝承があるとのことでした。

四国の3つの大麻山。地図上で線を引いて“トライアングル”と表現している方もいますね。

四国は始国(しこく)。そう聞いたのが確か2006年でした。日本神話の「国生み」において、四国は淡路島に次いで2番目に伊予二名島(いよのふたなじま)として生まれました。

神世とはふるきむかしの事ならず今を神世としる人ぞかみ(井上正鐵)

 

その通りそうなっている気がしてなりません。

 

 

参考文献:

「週間日本の神社No.67忌部神社・大麻比古神社」(デアゴスティーニ)

「阿波一宮大麻比古神社御由緒畧記」パンフレット

注目される「瀬戸内の島々」と、讃岐忌部

讃岐粟島からの眺望
2019年の正月、讃岐忌部について電話である人と話しました。
 
お相手は忌部氏に興味を持ち調べている香川県在住の方です。
 
この方と話したのは30分あまり。讃岐忌部について調べたことは、Wikipediaに投稿していますが、まだまだ知らないことがあると思いました。
 
さて、米紙NYタイムズが2019年1月9日の電子版に掲載した「2019年に行くべき52ヶ所」に「Setouchi Islands(瀬戸内の島々)」が日本で唯一選出されたニュースを聞き、私は讃岐忌部を思いました。
 
古語拾遺によると、讃岐忌部の祖神は手置帆負命(たおきほおひのみこと)です。古語拾遺(解説含む)では「手置」は「手を置いて物を計量する」、「帆負」の解は甚だ困難とそこまで言及されてませんが、ご神名とその事蹟から類推すれば船大工、少なくとも船(帆船)に関係する神様と思っています。
 
讃岐粟島からの眺望
早朝、粟島・城ノ山より見た讃岐富士(中央)方面
 
古墳時代には讃岐国でつくった石棺(くり抜き式)が、旧石器~縄文時代には讃岐の国分台や金山産のサヌカイトが瀬戸内海を渡り各地に移動しています。船による各地との交易の跡と思われます。
 
2010年に、さぬきいんべを創業してから必然か、職人、手仕事などが周りに集まってきたと同時に、それを境に瀬戸内海に引っ張り出される機会が増えたのも、讃岐忌部のご縁の気がします。
 
創業後に訪れた瀬戸内の島々

粟島(11)、豊島(1)、犬島(1)、直島(1)、男木島(1)、女木島(1)、小蔦島(1)、櫃石島(1)、大三島(5)、小豆島(1)、伊吹島(1)、瀬居島(2)、志々島(1)、黄島(1) ※( )内は回数

これらの島の多くに祭祀遺跡と思われる巨石があるのは偶然でしょうか。つまり歴史が古いということです。(直近では愛媛県大島に住んでいる方とご縁ができました)

 

2019年は4月より瀬戸内国際芸術祭が開催されています。世界から注目されるこのイベントが香川県から発信されていることもおもしろいです。
 
以下の展示も開催中です。
・「いざ船旅へ-大阪商船からのごあんない-」(高松市歴史資料館 学習室)2019年3月24日(日)まで。
・テーマ展「瀬戸内の海人たち」(愛媛県歴史文化博物館)2019年9月1日(日)まで(※会期延長)。
・瀬戸内ヒストリア-芸予と備讃を中心に-(愛媛県歴史文化博物館)2019年9月21日(土)~11月24日(日)

櫃石島より岡山・鷲羽山方面
島にある「櫃岩」が島名の由来、櫃石島の海岸より岡山・鷲羽山方面を望む
 
伝統工芸、職人や手仕事に光が当たっているのとともに、昔からさまざまな物資や文化を運んできた瀬戸内海に光が再び当たっているのも感じます。
 
人類最古の乗り物は船。昔の人たちは海から陸を見ていた、言い換えれば海を大切にしていたと思います。海からの視点、大事だと思うのです。
 
 
参考文献:
「古語拾遺」斎部広成撰、西宮一民校注(岩波書店)
「県史37 香川県の歴史」(山川出版社)