日本人の原点、祭りに込められた意味を知る

秋祭りの時期です。

小さいときから地元には西条まつり(愛媛県西条市内にある4つの神社、嘉母神社・石岡神社・伊曽乃神社・飯積神社の祭礼の総称)があり、身近に神様を感じてきました。毎年、祭りの日は学校は休みとなり祭りへの参加が奨励されました。それが社会人になり、香川に行くことで地元の祭りがいかに盛大かを知ることになりました。

いまは、地元に帰り、祭りに関しては子どものときとほぼ同じ気持ちで接していると思います。

祭祀というと、厳粛な宗教的な儀式を思い浮かべますが、お祭りというと、だんじりや太鼓台、太鼓や笛の音、勇ましい掛け声や人のにぎわいが頭に浮かびます。

ただ、子どものときは後者が「主」でしたが、神道を学んだことで、いまは前者が「主」で後者が「従」、大事なものは見えざるものということがわかっています。そこが大きなちがいです。

 

日本の祭りは、農耕社会の共同体祭祀を基盤としています。

そのため毎年の収穫に感謝するために神様を迎え、供物を捧げ、祝詞をあげて謝意を表すとともに宴をひらいて歌舞などでもてなします。

一説に祭りの語源は「奉(たてまつ)る」とされていますが、そうだとすると、神様に供物を献上することが祭りであり、つまりは祭りは神様への感謝の行為そのものです。

神殿でおこなわれる厳粛な儀式も、たとえば山車や屋台の運行やその見物人、境内の露店でひしめく人たちも同じ祭りの構成要素で、聖俗ひっくるめて進行していくのが祭りだと思います。

西条まつりにおける神楽場での祭祀の様子(西条市の御殿前)
西条まつりにおける神楽場での祭祀の様子(西条市の御殿前)

 

日本の祭りには様々なものがありますが、神様に幸福を祈願する領域の大きさによって、下記の4つに分類できるのではないでしょうか。

・宮中祭祀・・・宮中でおこなわれる祭祀。天皇陛下が国家や国民の平安を祈る。即位にともなう大嘗祭のほか、神嘗祭や新嘗祭など。

・神宮祭祀・・・伊勢神宮でおこなわれる祭祀。皇室や国家の平安を祈る。平成25年には20年の一度の式年遷宮がおこなわれた。

・神社祭祀・・・全国の神社でおこなわれる祭祀。明治時代以降に大祭、中祭、小祭に区分され、年に一度の例大祭などがある。

・民間祭祀・・・各家庭や会社などで家内安全や繁栄を祈る祭祀。家庭内、社内の神棚や祖霊舎を中心におこなわれる。

一般に私たちが「お祭り」として慣れ親しんでいるのは、この中の神社祭祀でしょう。全国的に有名な京都の祇園祭や東京の神田祭、西条まつりのようなムラの鎮守様の秋祭りも神社祭祀に分類され、それらの祭りは地域の共同体(氏子)によって運営されます。

なお、祭祀に不可欠の麻は、この中のすべてで活用されています。それについてはここで述べませんが、祭りのもつ重要性が伝わりましたら幸いです。

 

 

・参考文献

「日本の神様と祭り」(洋泉社)

「神道いろは」神社本庁教学研究所監修(神社新報社)

3年ぶり通常通り斎行。地元「西条まつり」における祈りと祭りの継承を思う

3年ぶりに地元、西条まつりが通常通り開催されることに。

「西条まつり」とは、五穀豊穣を神に感謝する神事で、愛媛県西条市内に鎮座する伊曽乃神社、嘉母神社、石岡(いわおか)神社、飯積(いいづみ)神社の4つの神社の例祭(秋祭り)の総称です。

祭りの期間中は、学校が休みになり、学校も参加を奨励していましたので、だんじりや太鼓台についてロープを引っ張ったり、太鼓をたたいたり、楽しい思い出しか残っていません。

そのためだと思います。地域に根付いて、会社やお店が休みになったり、お盆や正月に帰省しない人でも祭りには帰ってくるといわれています。

私は2010年まで香川県に住んでいました。(やはり、祭り期間には)毎年帰りたいと思ったものです。

2007(平成19)年に香川県立ミュージアムで「讃岐の祭り展」を開催の折、中四国の自治体を対象に祭りのポスターを募集したところ、1番に届いたのは西条市(西条まつり)で、2番目は新居浜市(新居浜太鼓祭り)だったそうです。新居浜市はポスターを持参してきたと聞きました。

それぐらい祭りにかける思いが熱いのが西条市と新居浜市だと思います。

この話は以前、前職が同ミュージアムの学芸員だった愛媛大学法文学部の胡(えべす)光先生の講演で聞き覚えています。

お祭りの高揚感、躍動感は何とも言えません。日本人のDNAに組み込まれているかのような祭囃子のメロディや掛け声は切っても切れないものだと思います。

西条まつりで麻(精麻)がつかわれているか調べたところ、神社や各神楽所での神事の際の大幣でつかわれています。(巫女による浦安の舞の奉納もあります)

伊曽乃神社の堀川修巧宮司は今年6月発行の社報のなかで、下記のように述べておられます。

ご先祖様たちが千年二千年と護り伝えてきた大切な「祈り」と「祭り」を後世へつなげていかなければなりません。1日も早く日常が戻り、いつも通りの祭りが斎行できることを切に祈っています。

神事の作法、屋台の組み立て、囃子、提灯の制作など祭りにかかわる伝統文化は幅広いです。ここに精麻をふくむ、麻の文化も入ります。祭りの中断はこの伝統文化継承に非常に大きな影響を及ぼすことがこの2年でおわかりになった人も多いのではないでしょうか。

無事に祭りが実施され、町に祭り囃子が戻りますように。

 

 

・参考文献

「礒野」伊曽乃神社社報(2022年6月発行)

 

 

いま、西条まつりに思う、1年が祭りにはじまり祭りに終わること

10月といえば、西条まつり。

今年も規模縮小で斎行されますが、地元びいきということで書いてみます。

気がついたときには、祭りがありました。小学生のときは校区が、だんじりと太鼓台がある、神社でいえば伊曽乃神社と飯積神社の氏子が含まれていましたので、両神社の祭礼がある3日間、10月15日は(平日なら)朝礼のみ、16日、17日は休みでした。

学校も祭りへの参加を奨励していましたので、この3日間は昼も夜も、だんじりや太鼓台について行き、ロープで引っ張ったり太鼓をたたいたり楽しかった思い出しかありません。(2社とも宮出しは夜中~早朝)

伊曽乃神社・宮出しでのだんじりの奉納(2019年10月15日)
伊曽乃神社・宮出しでのだんじりの奉納(2019年10月15日)

 

いま思うと、西条は神様を大切にしている地域なんだと思います。(香川に住んでいたときは、ちょうさや獅子があったりそういうものがないことはないですが、祭りになるとお盆やお正月に帰ってこない人でも帰ってくるという西条市出身の人の気持ちは他地域の人には理解できないと思います)

西条市のカレンダーは10月からはじまると言われています。実際10月からはじまるカレンダーも販売されています。

「1年は祭りにはじまり祭りに終わる」

自然に溶け込んだ形で、大切なことを知らず知らず教えられてきたのですね。

西条まつりでは、氏子各町が保有するだんじり、みこし、太鼓台(のべ百数十台)が奉納しますが、奉納とは「神仏を楽しませ鎮めるため」です。

飯積神社前・太鼓台かきくらべ(2019年10月17日)
飯積神社前・太鼓台かきくらべ(2019年10月17日)

令和になって、コロナ禍のおかげで本当に大切なものは何かということが問われているように思います。もうおわかりかもしれませんが、大切なものの1つは神事です。西条でも昨年、感染拡大防止のため、だんじりや太鼓台の運行が取りやめになった中でも神事(各神楽所における)はおこなわれていました。昔からずっと続いてきていることです。

祭りの日が近づくとなんだかそわそわしてきます。早くだんじりの奉納やだんじり、太鼓台の統一運行が見られるようになるのを楽しみにしています。

西条は「住みたい田舎」No.1だそうです。移住されてきた方にとって、西条まつりはどう映るのでしょう?