神道のミソギとハラエのちがい、麻の役割

禊祓(みそぎはらい)という言葉があります。

同じ「キヨメ(清め)」の儀礼で、混同されることがあるミソギ(禊ぎ)とハライ(祓い)のちがいについて。

 

ミソギの原型は、神話の伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊ぎです。

黄泉の国のケガレ(穢れ)に触れてケガレ(気枯れ)の状態に陥った伊邪那岐命は、水辺の阿波岐原(あはぎはら)でミソギをおこないます。

その結果、天照大神(あまてらすおおかみ)・月読命(つくよみのみこと)・須佐之男命(すさのおのみこと)をはじめ多くの神々が生まれました。

つまり、ミソギは水の霊力によってケガレを洗い流すとともに、水を通して霊力を取り込むことで、カミやヒトのケガレ状態からの回復をうながすことです。

一方、ハラエの語源は「はらう」であり、その儀礼は形代や斎串(いぐし)などの呪具にケガレをうつし、それを水に流すことでおこなわれました。

この修法は陰陽師が得意とし、宮中では毎月および臨時に天皇や公家らの身体についたケガレを形代にうつして7ヵ所の瀬にながす、七瀬祓の儀礼がおこなわれました。

このハラエの観念を壮大に物語るのが「大祓詞」です。ここでは、あらゆる罪とケガレが、水に関係する神々によって川から海へと次々に受け渡されて、最終的には異界の根の国・底の国に送られて、そこで完全に消滅するとあります。

つまりは、ケガレ(気枯れ)の原因となるケガレ(穢れ)が取り除かれることによって、結果的に人々の霊力の自然な回復がうながされるということです。

精麻は神の依り代、神様の宿る繊維といわれますが、このもっとも代表的な麻の神具は、神事の際に神主さんがお祓いにつかう祓串〔大麻(おおぬさ)ともいう〕です。

ミソギでは人が必ず直接水に触れますが、ハラエではその必要がないともいえるでしょう。

 

 

・参考文献

「神輿と祭の民俗学」森田玲著(平凡社)

「現代語古事記」竹田恒泰著(学研)