おお麻よもやま話シリーズ
第1回 普段知らずに食べている・おお麻(ヘンプ)
おお麻もヘンプも元をたどれば大麻草(※)という植物です。大麻草というと「えっ?」と驚かれる方が多いと思います。
でも以下を読んでいただければ、日頃私たちはおお麻(ヘンプ)を当たり前のように食べていることがわかります。
それでは始めましょう。
昔から人々は穀物を食べてきました。主なものは、「八穀(はちこく、はっこく)」といって、稲・黍(きび)・大麦・小麦・大豆・小豆・粟・麻の8つを言います。
食べる麻といえば、麻の実(あさのみ、おのみ)がよく知られています。麻の実は、古来食用とされてきました。
麻婆豆腐は、麻の実を材料に使ったという説、「麻というお婆さん」が考えたという説、調理した人の顔にアバタ(麻)があったという説があるそうです。
麻の実は「七味唐辛子」の材料にも使われています。麻の実、生唐辛子、炒り唐辛子、芥子の実、粉山椒、黒ゴマ、陳皮(ミカンの皮)の“七味”が組み合わされたものです。ちなみに、七味唐辛子を発明したのは、江戸時代のあるからし屋さんだとか。
もしよかったら、今度そばやラーメンを食べる機会があったときは、確かめてみてください。一番大きい粒がそうです。
その他にも麻の実は、いなりずしや、がんもどきにも入っています。各地の郷土料理の中にも麻の実が入っています。
麻の実を使った郷土料理には、下記のものがあります。あなたの住んでいる地域のものはありますか?
麻の実の郷土料理
おいなりさん |
炒った麻の実を酢飯に混ぜる |
大阪府 |
油味噌 |
野菜、油、味噌とともに麻の実を入れて煮る |
長野県 |
麻の実の野菜煮 |
炒ってよくもんだ麻の実をすり鉢ですり、煮上がった野菜の上にかける |
長野県 |
がんもどき |
麻の実を炒って粗くつぶしたものを一緒に豆腐の中に入れる |
長野県 |
しろはたずし |
空炒りした麻の実を使う魚の保存食 |
鳥取県 |
あじのこはだ |
炒った麻の実をおから、酢、砂糖、塩と混ぜ小あじに詰める |
島根県 |
飛竜頭 |
炒った麻の実を使った豆腐料理 |
島根県 |
さばのおまんずし |
酢さばの中に入れるおからの煮物に麻の実を入れる |
島根県 |
あずま |
鯛、いわしなどの小魚の中に炒った麻の実とおからの煮物を詰める |
広島県 |
唐すし |
炒った麻の実を酢飯にまぜこのしろで包む |
山口県 |
ひろす |
麻の実、豆腐、おから、野菜を混ぜて丸めて揚げる |
愛媛県 |
きらず |
慶事の場合のみ、おからの中に炒った麻の実を入れる |
愛媛県 |
いずみや |
おからの中に炒った麻の実を入れいわしや小あじに詰める |
愛媛県 |
麻の実味噌 |
炒って皮をのぞきショウガとともに生味噌に混ぜるおかず |
高知県 |
きつねずし |
酢飯の具の代わりに麻の実を入れる |
鳥取県 |
たぬきずし |
いなりずしの3倍の大きさのすし。酢飯の中に麻の実を入れる |
大阪府 |
蒸し鯛 |
鯛の中におから、野菜、麻の実を煮つけたものを入れる |
高知県 |
(「日本の食生活全集(全51巻)」農山漁村文化協会)
「ヘンプ読本」築地書館より
※大麻草というと誤解されがちですが、法律上、大麻とは花穂と葉のことです。種子と茎、これらからできた製品は対象外です。
第2回 麻の付く地名は、おお麻(ヘンプ)に関係している?
日本の地名というのは、その土地の歴史や由来をよく表しています。全国を調べてみると、大麻とか麻の付く地名が多く見られます。
たとえば、地名由来辞典によれば、四国・香川県高松市は、高松郷の西方に、豊臣秀吉の家臣であった生駒親正が居城を築き、高松城と称したことから、高松は城下町名となったようです。高松の語源は、海の近くに高い松の林があったからだとか。
ということは、麻の付く地名は、やはり麻と関係があったのではないかと想像できます。実際、香川県内で調べてみると、かつてはその地区で、おお麻(ヘンプ)が植えられていたことがわかりました。
福井県・鳥浜遺跡(1万年前)からは、おお麻の種子と繊維が出土していますから、それ以降に栽培されていたとしても不思議ではありません。
ちなみに古代に、おお麻を各地で栽培していったのは忌部(いんべ)氏という氏族といわれています。
日本の麻の付く地名を下記にまとめてみました。これらは一例ですが、こんなにもあります。
あなたの住んでいる地域のものはありますか?地名の由来を調べてみると、何かわかるかもしれません。
麻の名を冠した日本の地名(グーグルマップ)
麻の名を冠した地名の例
都道府県 |
市・郡・町 |
地名 |
呼び名 |
北海道 |
江別市 |
大麻 |
おおあさ |
岩手県 |
岩手郡雫石町 |
麻見田 |
まみだ |
宮城県 |
加美郡 |
色麻町 |
しかまちょう |
福島県 |
耶麻郡 |
|
やまぐん |
茨城県 |
行方郡 |
麻生町麻生 |
あそうまちあそう |
栃木県 |
鹿沼市 |
麻苧町 |
あさうちょう |
群馬県 |
多野郡万場町 |
麻生 |
あそう |
埼玉県 |
熊谷市 |
大麻生 |
おおあそう |
千葉県 |
山武郡山武町 |
麻生新田 |
あそうしんでん |
東京都 |
港区 |
西麻布 |
にしあざぶ |
神奈川県 |
川崎市 |
麻生区上麻生 |
あさおくかみあさお |
新潟県 |
十日町市 |
麻畑 |
あさばたけ |
富山県 |
高岡市 |
麻生谷 |
あそうや |
石川県 |
加賀市 |
大聖寺麻畠町 |
だいしょうじあさばたけまち |
福井県 |
敦賀市 |
麻生口 |
あそうぐち |
長野県 |
北安曇郡 |
美麻村 |
みあさむら |
愛知県 |
豊川市 |
麻生田町 |
あそうだちょう |
岐阜県 |
揖斐郡大野町 |
麻生 |
あそう |
三重県 |
松阪市 |
御麻生薗町 |
みおぞのちょう |
滋賀県 |
蒲生郡蒲生町 |
上麻生 |
かみあそう |
京都府 |
京都市南区 |
上鳥羽麻ノ本 |
かみとばあさのもと |
大阪府 |
豊中市 |
石橋麻田町 |
いしばしあさだちょう |
奈良県 |
北葛城郡 |
當麻町當麻 |
たいまちょうたいま |
和歌山県 |
那賀郡那賀町 |
麻生津中 |
おうづなか |
鳥取県 |
岩美郡国府町 |
麻生 |
あそう |
岡山県 |
備前市 |
麻宇那 |
あそうな |
山口県 |
岩国市 |
麻里布町 |
まりふまち |
徳島県 |
麻植郡鴨島町 |
麻植塚 |
おえづか |
香川県 |
善通寺市 |
大麻町 |
おおさちょう |
愛媛県 |
伊予郡砥部町 |
麻生 |
あそう |
高知県 |
中村市 |
麻生 |
あそう |
佐賀県 |
佐賀郡富士町 |
麻那古 |
まなご |
熊本県 |
熊本市清水町 |
麻生田 |
あそうだ |
大分県 |
東国東郡武蔵町 |
麻田 |
あさだ |
「大麻ヒステリー」光文社新書より
第3回 おお麻(ヘンプ)と日本文化が密接に関係
おお麻は、その特長を生かして古代から様々な用途に使われてきました。
はるか縄文時代の土器の縄目模様は、麻ヒモの跡と言われています。
現在でも使われているのは、繊維、ロープ、弓弦、凧糸、衣服、食料、 蚊帳、下駄の鼻緒、蚊帳、畳の縦糸、たいまつ、お盆(キュウリの馬や ナスの牛の足)、結納品(共白髪)、麻紙、横綱の化粧まわしなど。
これらは、いかにも日本の文化という感じがしませんか?
他にも、各地の文化財として数多くの場所で、おお麻が利用されていま す。
2009(平成21)年6月に、愛媛県の無形文化財に指定されている八幡浜 (やわたはま)市の「五反田の柱祭り」保存会の会長さんにお話を伺う機会がありました。
この祭りではオガラ(皮をはぎ取った麻の茎)をたいまつとして使用します。2007(平成19)年までは地元で栽培していたものを使っていたそうですが、いまは栽培しておらず、オガラは中国から輸入しているとのことでした。
日本全国では、おお麻栽培者はたったの68名(2004年現在)で、年々減り続けているそうです。このままでは、日本の貴重な文化財が消えてしまいます。
おお麻(ヘンプ)が使われている日本の文化財を下記にまとめました。
麻が使われている日本の文化財
岐阜県白川村 |
世界遺産・合掌づくり茅葺き屋根にオガラ |
宮城県栗駒町 |
人間国宝・千葉あやの氏(故人)…正藍染
栽培から麻布づくり、藍染めまで |
大分県大山町 |
人間国宝・矢幡正門氏…粗苧製造
久留米絣(かすり)の原料として |
宮崎県高千穂町 |
国指定重要無形民俗文化財・高千穂の夜神楽
素襖(すおう)と呼ばれる衣装の一種が麻布 |
奈良県指定無形文化財 |
奈良晒(さらし)技術保存会
手績み大麻糸の麻織物 |
青森県指定有形民俗文化財 |
南部地方の紡織用具及び麻布(個人所有) |
愛媛県指定無形民俗文化財 |
八幡浜市五反田の柱祭り(8月14日)
オガラのたいまつ使用 |
群馬県選定保存技術 |
岩島麻保存会
栽培から精麻加工まで |
長野県選択無形民俗文化財 |
開田村の麻織の技法 |
東京都指定無形民俗文化財 |
六郷神社の流鏑馬(やぶさめ)
弓は椿の木に麻の弦 |
福島県福島市指定無形文化財 |
御山神楽
演目に大麻楽あり |
三重県松阪市無形民俗文化財 |
御衣(おんぞ)奉職行事
5月と10月に神麻続機殿神社で麻を織り奉じる |
愛知県田原市指定無形民俗文化財 |
田原けんか凧
凧糸が大麻糸 |
栃木県栃木市指定有形文化財(絵画) |
大麻収穫の絵 |
栃木県指定伝統工芸品 |
日光下駄
鼻緒の素材が大麻繊維 |
「ヘンプ読本」築地書館より
第4回 おお麻(ヘンプ)と神道の関係
日本の文化の底流にあるのが神道だと思います。
水の中に神様がいる。木の中に神様がいる。すべての中に神がいる。そのことを日本人は信じて、それを大切にして日々暮らしてきました。
普通何かが沢山あると人は、それを粗末に扱います。ところが日本人は、そうしません。その中に神様がいるとして大切にするのです。
蛙が池にポチャンと飛び込んだだけで一句詠めてしまう豊かな感性、美を尊ぶ心、「和をもって貴しとなす」という和のこころ、もったいないと物を大切にする、礼儀や情緒を重んじる、相手を敬う敬語など。
このように私たちが、これこそ日本人だと考えるようなその根っこは、自然を教典とする神道からくるものではないでしょうか。
その神道において、おお麻は最重要視されています。
しめ縄、鈴縄、神主さんが“祓(はら)い”に用いる道具・大麻(おおぬさ、大幣とも書く)などは本来は、おお麻だそうです。
特に神道では、おお麻は罪や穢(けが)れを祓う神聖なもの、神の依り代であるとされてきました。
伊勢神宮のお札を「神宮大麻」というのもそれを表しており、おお麻の持つ神聖さや霊力のようなものを古来日本人が知っていたのだと思います。
邪気、悪霊、災厄を祓うという思想は、神話の時代から続く日本の文化のひとつでした。
古事記にも青和幣(あおにぎて)として、おお麻布が登場し、布刀玉命(ふとだまのみこと)が、この棒に付けられた幣(ぬさ)を左右に振ることによって、邪気、悪霊、災厄などの穢れを祓い祈祷し、天照大神を天の岩戸から引き出しました。
また、天皇即位後の一代一度の五穀豊穣を願う祭りである大嘗祭(だいじょうさい)においては、徳島県・木屋平の三木家からアラタエと呼ばれる麻布が代々献上されています。
近年、全国で約8万社ある神社の鈴縄が石油由来のナイロン製になっているところが全国で約7割にも上るそうです。前述のような、おお麻の持つ力が忘れられてきている証拠だと思います。
第5回 おお麻(ヘンプ)をもっと知りたい!
ここまで読まれて、どこか遠い存在だった、おお麻が身近に感じられ、もっと知ってみたくなったのではないでしょうか。
今回は、おお麻について、さらに知る方法をご紹介します。
○おすすめ本(2019.6.27改訂)
★「きものという農業」(三五館)中谷比佐子著
絹、麻(苧麻、大麻)、綿、そして草木染めについても生産者の立場から書かれており、専門用語と共に勉強になります。また、きものを通して、日本の文化、日本人の思想がよくわかります。
★『ヘンプ読本』麻でエコ生活のススメ(築地書館)赤星栄志著
これ一冊でヘンプの概要がわかります。ヘンプアクセサリー、ヘンプオイル、、暮らしに楽しく取り入れる方法がわかりやすく紹介されています。
★「大麻という農作物-日本人の営みを支えてきた植物とその危機-」(大麻博物館)大麻博物館著
2016年にインターネット上で資金を募るクラウドファンディング「Ready for」を活用、プロジェクトが成立し完成した本です。麻農家、学芸員、神道学の先生などへの最新のインタビュー記事を盛り込みながら農作物としての大麻という観点で書かれています。
★「地域資源を活かす生活工芸双書 大麻(あさ)」(農文協)倉井耕一、赤星栄志、篠﨑茂雄他共著
戦前まで日本各地で栽培、利用されていた歴史を20道県にわたって掘り起こし、栃木県の野州麻の栽培を詳述したあと、大麻の繊維、オガラ(皮をはいだ大麻の木質部)などの利用をまとめた本です。巻頭カラー写真、図、表が多くわかりやすいのではと思います。
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